言霊
第五話
深夜の公民館は十兵衛と咲耶の他十数人の村人が立っているが、全員が静かに現状を受け入れており外から吹きつける風だけバタバタと館内に響く。
「今から話す事柄は、他愛もない四方山話とでも受けってもらって構いません。ただし、他言は無用にてお願いします」
前置きをすると井川は昔話を語るかのように話し始める。
「そもそもこのような辺鄙な山奥に集落が出来るということ自体珍しく、概ねその理由はどこかから逃げてきた一族が開拓し出来上がったものが多い。山間に平家の落人伝説等が多いのがそれを表しておる。この村も例外ではなく、祖先は名のある武家の出だったと伝え聞いた。落人によって作られた村は概ね排他的でよそ者を受け付けない。拓かれた背景を鑑みればそれ自体は問題でもないが、むしろこの村は開放的で他の者を快く受け入れる風土があったのだ」
昼間に感じた排他的な視線とは正反対の話に十兵衛は疑問を抱く。
「様々な者を受け入れることで集落全体の力を強くしようという狙いもあったのかもしれん。敵対する勢力や野盗に立ち向かうためにも兵力となる人間は多い方が良いからの。それ以外に、文化や技術、食べ物や医療と新しい者がもたらす物は村を進化させた。その方針が功を奏して集落は大きくなり、少しずつではあるが繁栄をしていったのだ。人口も今現在の三倍はあったと聞く。しかし、ある人物。たった一人の人物がこの村に来たことにより、この村は壊滅的な状況に陥った」
咲耶も黙って耳を傾け、他の村人も静かに見守る。
「名を玄耀輝(げんようき)と名乗るその男は日本人ではなく、大陸からやってきたと言った。玄には人を引き付けるカリスマ性があり、特に女性にとっては中毒性のある容姿と物腰をしていた。当然ながら村の男たちは良く思わない。さりとて悋気を理由に玄を追い出すという行為も日本人の気質としてできるものでもなかった。しかし、玄はそこに胡坐をかき宗教まがいのことまで始めた。そうなると村内での宗教対立が起こるまでに時間は掛からない。信仰のもと様々な迫害が起こり、村内で内戦状態となった。現代でも信仰を理由に戦争が起こっているのは知っておろう。その結果は悲惨なものだ。村民の半数以上が亡くなるという事態に加え、諸悪の根源でもある玄がとんでも置き土産して自害したのだ」
置き土産という単語でそれが呪いの仏像であると容易に想像がつくが十兵衛は表情を変えずに聞く。
「内戦で亡くなった多数の遺体の骨で作った仏像がそれじゃ。玄はその仏像に自身の死と合わせて呪いをかけた。全ての日本人が滅亡するように、とな。その仏像に触れたものは例外なく気が触れ、数時間後には心臓が止まる。老若男女、日本人や外国人を問わずその呪いは人を蝕む。あの神社に奉られているものはそういう代物じゃ」
十兵衛が予想していた以上の激しい呪いの籠った仏像だと知り、全身にゾワゾワと鳥肌が立って行くのを感じる。そして、自業自得とは、大陸からやってきた人物より作られた呪物により、大陸の窃盗団が厄災に遭うという皮肉であると知る。コメントのしようもなく黙り込んでいると、咲耶がいつもの口調で切り出す。
「話を割ってすみません。村長はその内戦のご経験者ですか?」
「いや、ワシは内戦後生まれで、この話は両親より聞いた話じゃ」
「それでは伝聞ということですね?」
「そうじゃ」
「本当に呪いってあるんですか?」
今回この村に来た理由の本質的な質問を切り出し、咲耶が動き出したと直感する。
「榊さんは呪われた者を見たことがないのでそう思うのだろう。しかし、村民は皆被害者を実際に見ておる。今夜忍び込んだ賊も例外なくそうじゃ」
「その賊が運ばれた病院に行って見てきてもいいですか?」
「構わんが、もう恐らく亡くなっておろうな。それでも良いなら教えるが」
「お手数ですがお願いします」
井川に促され赤星は咲耶の持つ手帳に病院の名前と住所を記す。インロックの件は村人ではどうにも出来ないと言われ、今夜はこの公民館で宿泊していくことを勧められる。ただし、外出は禁じられ明朝までは一歩も外には出られない。ご丁寧に入り口には監視員がおり厳重な警戒態勢が取られている。公民館から神社までは徒歩五分ほどの場所にあり、咲耶としては行きたくてうずうずしているように見えた。
天窓から零れる月明かりを頼りなく感じつつ壁に寄り掛かり、与えれたタオルケットに身を包み井川から聞いた話を反芻する。呪いの存在を抜きにしても仏像が作られた背景とその存在は気味が悪い。こんな辺鄙な村で起こった大量殺人事件に一抹の恐怖を覚えつつ隣に座る咲耶を見る。咲耶もじっと目の前を見つめており、何かを思案しているようだ。
十兵衛は元来幽霊を信じておらず、当然ながら呪いの存在も否定的立場にある。この件に誘った咲耶本人も呪いと言う嘘を暴きたいというスタンスを述べており、井川の語った内容につき否定的だと考えて間違いない。そう考えると今夜神社で倒れ死亡したと言われる人間の死亡要因も変わってくる。村ぐるみでの犯罪という線もありうると考えていると、小さな声で咲耶が話し掛ける。
「ねえ塚原、村長の話どう思う?」
「半分嘘で半分真実だと思います。昔話は本当で、呪いで倒れたという点は嘘です。この世に呪いなんてないですから」
「なるほどね。まあ妥当な意見ね。事の真偽は多少あるとして、村長は重大な秘密を隠しているって私は感じたわ。勿論、呪いの仏像絡みのね」
「秘密ですか」
「そう、こうやって軟禁状態にしたり、ことさら呪いを誇張し極端に神社から遠ざけるよう仕向けるなんて、そこに何かあるって暗に言っているようなものだもの」
「確かに。外に見張りまでつけるなんて過剰な反応ですよね」
「多分、今夜しかチャンスはないと思う。塚原、見張りをどうにかできない?」
「どうにかって、暴力的な手段でってことですよね?」
「手段は問わない」
「現状かなり難しいと思います」
「使えないわね~、それでも塚原卜伝の子孫?」
「塚原卜伝でも柳生十兵衛の子孫でもないですよ。僕が剣豪だなんて一言も言ったことありませんからね?」
冗談を言い合っていると部屋の奥から物音がし、二人同時にその方向に視線を向ける。その先には押し入れがあるだけで物音の理由に想像がつかない。
タオルケットを床に置き警戒していると、押し入れの襖がゆっくりとスーっと開く。生唾を飲み込みつつ押し入れの暗闇を見つめていると、中から白い両腕が現れ次いで和服姿の女性がズルズルと這いつくばって出てくる。その姿はテレビ画面から出てくる某怨霊キャラと酷似しており、十兵衛は気力を振り絞り卒倒しそうな想いを何とか抑えつけていた。