言霊
第七話

 マオウという単語に十兵衛は辺りを見渡す。素人考えになるが魔王と言えば幽霊よりもずっと強大な存在であり、とてもじゃないが人間の手におえる相手ではない。警戒しながらきょろきょろしていると、通話を終えた咲耶が話し掛けてくる。
「何してるの? もう終わったわ。戻るわよ」
「えっ? 戻るって?」
「仏像壊しに戻るってこと。あまり意味ないけど約束したからね」
「さっきから意味が分からないことだらけなんですけど?」
「全ての謎が解けたってことよ。このマオウ畑で一目瞭然」
 視線を向ける咲耶を見てこの花の名前がマオウだと理解する。
「マオウってなんですか?」
「麻黄からは覚せい剤の原料を抽出できるの」
 覚せい剤と聞き十兵衛は目を丸くする。
「村が隠していたのは呪いの仏像じゃなくて覚せい剤の密造。それを知った者および反対した者は呪いと称して殺していた。菊花ちゃんの叔父さんとかも被害者でしょうね。おかしいと思ったのよ。こんな辺鄙な村で道路を始め下水等ライフラインがしっかり整備されてるってことに。生産性のないであろうこの村の財源でこんなことはできない。おそらく覚せい剤の売買で潤ったんだと思う」
「えっと、それを知った僕たちってヤバくないですか?」
「み、な、ご、ろ、し、ってヤツ?」
「この状況で冗談を言える先輩を尊敬します」
「どういたしまして」
 軽口を交わすと菊花との約束を果たすため神社への獣道を戻る。神社に入ると防犯システムに引っかかるのではという問いに咲耶は「解決済み」とだけ伝えた。

 神社の正面から堂々と入り躊躇いなく神殿内に奉られている仏像に近づくと咲耶はデジカメで撮影を始める。その仏像は全長一メートル程度で全身はどす黒く、顔のそれは髑髏としか表現しようがない。ある程度撮影し終えると咲耶は直接両手で触りだす。背後で警戒する十兵衛はその恐怖心を感じさせない行動力に驚嘆せざるを得ない。覚せい剤の説明を受け呪いの効果を信じていないとは言え、実際に死んでいる者もおり普通は看過出来ないのが人の性と言える。内心びくびくしながら見守っていると咲耶はスッと立ち上がり振り向く。
「やっぱり偽物ね。触れても何も感じないし」
「本当に大丈夫ですか?」
「塚原も触ってみれば分かるよ」
「遠慮します。念の為」
「うんうん、その慎重さは大切よ。じゃあ早速……」
 両手で仏像を掲げ上げようとした瞬間背後の扉が勢いよく開き、村人と思われる男性が二人現れる。懐中電灯で照らされ怯んでいると、その後ろから井川が姿を見せた。
「やはりここに来てしもうたか。あれだけ忠告したのに無駄じゃったな」
 井川は呆れたような口ぶりで溜め息を吐く。井川の後ろには赤星も待機しており、どう足掻いても逃走できそうにない。焦りつつ隣の咲耶を見るが、この状況を全く意に介していないように仏像を抱っこしている。
「その仏像は村の守り神であり、崇め奉る象徴じゃ。それを持ち出そうとする輩には天罰を受けて貰わなければならぬ」
「天罰と言う名の人殺しの間違いでしょ? それに守り神ですって? 笑わせないで。貴方達が守りたいのは仏像じゃなくて麻黄畑でしょ?」
 麻黄畑という単語で村長の顔色は一瞬で険しくなる。
「貴様、畑を見たのか!?」
「見たわよ。写メも撮ったし、県警にも通報した。そうでしょ? 赤星さん」
 赤星という名前を聞き井川を含め全員が注視する。
「ええ、当初の手筈通り既に通報済みです。もう間もなく機動隊と共に到着しますよ」
 笑顔で語る赤星をみて咲耶もニヤリと微笑む。
「赤星、貴様裏切ったな!」
「裏切る? 人聞きが悪い。俺は最初から呪いの仏像の調査で村に派遣されてたんだ。貴方は私の甥に当たる京也達を薬物中毒で殺した。覚せい剤という村の利権を守るためだけにだ。刑務所の中でこれまでに犯した過ちを悔い改めるんだな」
 傍にいる男達は抵抗を試みようとするも、けたたましいサイレンの音と赤色灯を見て観念したように項垂れた。駆け付けた警察官に手錠をかけられると井川たちは連行される。神社の前には十兵衛たちと赤星の他、呪いの真実と村の事情を知った人々が集まりだす。中には菊花もおり心配そうに咲耶を見つめていた。ある程度の村人が集まったと判断すると咲耶は口を開く。
「村の皆さん、もうご存知の通りこの村には仏像の呪いなどありませんでした。あったのは一部の人間が呪いを盾に利権を貪っていた事実だけです。私は今ここで永きに渡る村の呪いを解き放ちます!」
 咲耶は抱えていた仏像を地面に叩きつけ破壊した。そして、赤星から渡されたライターオイル撒き直ぐに火を点ける。煌々と燃える仏像に手を合わせる老婆もいるが、大半の村人は呆然とその様子を見守っていた。

 翌日、菊花の自宅で目を覚ました十兵衛は眠気まなこをさすりながら昨夜のことを思い返す。呪いの仏像の件を解決し、菊花の叔父や京也の敵を取った二人は周防(すおう)家に恩人として招かれる。特に叔父の兄、菊花に父である信親(のぶちか)からは、大袈裟なくらいの謝辞を受ける。菊花も同じ気持ちのようで何度も咲耶にお礼を言っていった。しかし、当の咲耶の顔色は悪く、その理由を周防家全員の前で語る。
 今回の事件でこの村がマスコミの餌食になるであろうこと、この村の出身というだけで今後迫害される可能性があるということ。そして最後に、上記理由からこの村は廃村になる可能性が高いということを告げた。それはつまり故郷が無くなり、旧知の人間との別れを意味する。
 最後まで黙って咲耶の話を聞いていた信親だったが、生涯真実を知らずに覚せい剤の庇護の下に生きて行くよりは良いと語り、改めて感謝の意を表した。
 同じ客間で布団を並べて横になったとき、十兵衛は疑問に思っていたことをいっぺんに聞いたが、菊花の名前は浴衣の刺繍から察したこと以外スルーされる。純粋に疲れから昏倒しており明日からの長距離運転に備えてのことかもしれないが、十兵衛は心の中心に納得できなモヤモヤを抱えたまま布団を被った。

 正午、周防家の人々に快く見送られ林道に停めてあった車に向かう。そこには赤星が待ち構えるように立っている。聞くまでもなく咲耶の言っていた保険とはこの人物を指していたのだと推察できた。
「榊さん、この度は本当に有り難うございました。京也も浮かばれます」
「なんか昨日から聞き飽きたフレーズですけど、どうぞお構いなく。好きでやったことなんで」
「いえ、私一人ではどうにもならない案件でしたし、紹介してくれた蓮佛(れんぶつ)さんにも感謝してます」
「どちらかというと螢の尻拭い的な要素もあったんですけどね」
 知らない名前が飛び交い話に入れない十兵衛はただじっと耳を傾けている。
「ところで、病院の件は裏が取れました?」
「はい、榊さんの予想通り院長は村と結託して死亡内容を偽装していました。本当の死因は覚せい剤を大量に投与したことによるショック死。死ぬ前の気が触れたような症状は呪いなんかじゃなかった」
「ヒドイ話。彼らの欲望の為にどれだけの命が犠牲になったのか想像したくもないわ」
 木々の隙間から見える小さな集落を悲しげに見つめながら咲耶は呟く。呪いの仏像の真偽は露になったものの、呪い以上に恐ろしいものが村には巣食い寄生していたのだ。夏らしからぬ山間の涼しい風を受けつつ、十兵衛は本当に恐ろしいモノが何なのか身を持って実感していた。

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