神様修行はじめます! 其の四
お岩さんにとって、この世で一番大切な人はセバスチャンさん。
だけど彼女が一番大切にしていかなければならないのは、権田原の里の人々の命と生活。
それはセバスチャンさんも同じ思いなのだろう。
「弟が大きくなったら、いつか当主の座を弟に譲りますわ」
ほんの少し唇を和らげて、お岩さんが言った。
「だってわたくし、たぶん一生結婚しないし子どもも産みませんもの」
「行かず後家、というやつでございますね」
その言葉にお岩さんはプッと笑って、肩を揺する。
セバスチャンさんは面白くもなさそうに、野菜を剥く。
ふたりは視線を合わせることもない。
「だって好きな男がいるのに、他の男とそんな事してられませんもの」
「果たして周囲が、それを納得いたしますかどうか」
セバスチャンさんが軽く溜め息をついた。
「案外、ジュエル様は当主として人気者でございますので」
「それはありがたいですけど、後継ぎを作らない以上、周囲も納得するしかありませんでしょ?」
「それはわがままでございますよ」
「それくらいのわがまま、許してもらわなきゃやってられませんわよ」
お岩さんは後ろにガクンと首をそらし、空を見上げた。
白く平たい雲が広がる空は青く、どこまでも大きい。
あの場所は伸びやかで清々しく、なんの迷いも、悩みも無い世界に見えた。
「だからね、あなたも自分の好きなように生きなさいな」
憧れるような目で空を見るお岩さんの、優しい声。
「あなたから全てを奪った女のそばになんて、いなくていいから」