理想の彼氏作成キット
第17話
「それはちゃんと彼に言うべきだよ。早川さん一人で抱えるもんじゃない。二人の問題なんだから、二人で協力して当たるべき」
「課金システムのことを知れば、また彼を傷つけることになる」
「それで早川さんは倒れてもいいって? 自分を支えるために無理して倒れたことを知った彼が傷つくのが分らない?」
「それは……」
「早川さん、恋愛は一人でするものじゃないよ」
倉庫のとき同様、外見とは裏腹にぶつけられる大輔からの正論に咲は言い返せない。
(コイツ、オタクのくせに何で恋バナになるとこんな明るいこと言えるんだろ。もしかして、こう見えて恋の伝道師なのかしら……)
大輔の言う通り、今自分のやっている行いが優しい尚斗に知れた場合、作成キットの事実を知ったとき以上にショックを受けると想像できる。反面、本当に二人の関係をより良いものにしようとするならば、一方的な奉仕では成り得ないものだと悟る。
「早川さんが本当に彼を大切に想うなら、問題に対して二人で一緒に向き合わなきゃ。なんのために恋人同士になったのか分らないでしょ?」
「はい、おっしゃる通りです」
「あ、すみません。また説教臭かったですね」
「ううん、小林君の意見の方が正論だと思う。全部一人で背負おうとした私が間違ってた。二人で悩んで進むべき道を考えてみるわ」
大輔は満足そうに頷き咲も笑顔を見せる。牛丼を平らげた後は相談にのってくれた大輔にお礼を述べ、店外に出るなりすぐ尚斗へ連絡を取る。残業がなければ時間的にフリーなはずだが、コールしても出る気配がない。仕方なくメールで会いたいと送ると、残業があって二時間後なら大丈夫と返事が来る。
どうしても話したい想いが膨らんでいる咲は、駅前の噴水で二時間待つと返信し携帯電話を閉じる。そうは言ったものの、これから八時過ぎまで一人で過ごすのも寂しいと考え駐輪場の方を見る。しかし、ちょうど自転車で走り去るところで引き止めるのも憚られた。
二時間後、いつものように落ち着いた足取りで尚斗が現れる。自分が設定した理想の彼氏と分かっているが、会う度にドキドキした気持ちになる。
「こんばんは、お待たせしました」
「こんばんは」
「珍しいですね、咲さんが平日に会いたいだなんて」
「ご迷惑でしたか?」
「いいえ、僕なんて毎日会いたいと思ってますから大歓迎ですよ」
穏やかな笑顔を向けられ、自分が好かれていることを実感する。
「それで、もしかして今日も大事なお話ですか?」
「ご明察です。また真面目で真剣なお話です」
「分かりました。では今日はこの近くの公園で話しましょう」
尚斗の言葉に頷き、その先導のもと咲は公園へと足を向ける。到着する頃には九時を回り、公園は人がほとんどいない。イルミネーションでもあればカップルが集まるのだろうが、何もない公園だと閑散とするのが当然と言える。外灯が照らすベンチを選んで座ると、さっそく話を切り出す。
「前に話した作成キットのことなんですが、実は尚斗さんに黙っていたことがあるんです」
「うん、何?」
「この作成キットは最初の一カ月間は無料で利用できるんですが、以降は月額使用料十万円を支払わないといけないみたいなんです」
「月額十万は高いね」
「はい。でも払わなかった場合、今まであったデータが消えてしまうんです」
データが消えると聞き、尚斗は厳しい顔つきになる。
「僕がこの世から消える、という訳か」
「はい、おそらくですが」
「無慈悲で、えげつないシステムだな。僕は十万円の価値なんだな……」
自分の命が毎月十万円で維持されるということに気がつき、予想をしていたとは言え尚斗はショックの色を隠せない。
(凄いショック受けてる。当然だよね、こんな話酷すぎだもの)
尚斗の心の傷が気に掛かるが、咲は話を続ける。
「実は、昨日過労で倒れたんです」
突然の告白に尚斗は心底驚く。
「過労って、身体は大丈夫!?」
「はい、もう全然大丈夫です。残業しててその疲労で倒れただけですし」
「残業……、僕のためか!」
声を大にして詰め寄られ咲はビクッとしてしまい、それに気づいた尚斗はハッとして襟を正す。
「ごめん、驚かせたね。でも、そういう事だったのか。おかしいと思ったんだ、付き合うってなったのに急に連絡の回数が減ったからね。そうか、僕のためにそんな無茶を……」
「ごめんなさい。でも、これは二人の問題だから、ちゃんと二人で向き合って考えて答えを出さなきゃって思ったんです」
「なるほど、確かにその通りだと思う。無理を押して黙って倒れられるなんて良い気分しないからね。でも、僕のことを想ってのことだし、ちょっと嬉しい。けれど、もうこんなことしちゃダメだ。いいね?」
「はい、でも、月額使用料の件はどうしますか?」
「うん、その件は少し時間をくれないかな? 冷静に考えてみたい。今の今ではちゃんとした判断を下せそうにない。ただ、さっきも言ったように咲さんが無理するのだけは絶対ダメ。もし残業なんてしようものなら……」
「し、しようものなら、何?」
「職場からお姫様抱っこして連れ去るよ」
笑顔を見せる尚斗を見て咲も微笑む。
「尚斗さんも冗談言うんですね」
「連れ去るのは半分本気だよ?」
「あはは、じゃあわざと残業して連れ去ってもらおうかな~」
「咲さん!」
「冗談です。半分本気ですけどね」
笑い合って視線が重なるとどちらともなく抱きしめ、優しく唇を交わす。今腕の中にある確かな温もりがいつまでも無くならないように願いながら、咲は強く強く抱きしめていた。