理想の彼氏作成キット
第19話
公園に到着すると外灯が明るく照らすベンチに一人腰掛ける。いつも待ち合わせ時間より早く来る咲だが、尚斗が時間通りに来たことはない。昔なら時間にルーズな人間などカスだと、ひどく憤慨したかもしれないが、尚斗のそれは異なる。咲自身驚いている変化だが、待っている時間というのも恋の一部なのだと理解できるようになっている。これからのこと、今までのこと、相手のことを思い浮かべながら待つこの時間も、咲にとっては楽しく嬉しいものだった。
(付き合い初めてちょうど一カ月くらいか。理想の彼氏なんて現れるなんて思ってなかった。ましてソフトで作った彼と付き合うなんて。でも、この気持ちは本物だし、あの温もりも嘘じゃない)
抱きしめ合い唇を交わしたこの場所で回顧し、咲は心を落ち着かせる。
(尚斗さんの返答次第では今日が別れになるかもしれない。だけど、それが彼の出した答えなら私は……)
考えたくない未来が脳裏をよぎり、それを振り払うかのように夜空を見上げる。無数の星が輝く中、その一つ一つが掛け替えのない出会いのように想え、自分たちの関係と重ね涙腺が緩む。星にさえ寿命があり、いつか輝きを失うときがくる。それでも力強く毎日輝いていて、それがあたかも今の恋愛と似ているような気がしてしまう。
(きっと今が一番楽しく輝いているときなんだ。願わくば、このままの輝きのままずっと居たい)
願い祈るような面持ちで星々を眺めていると、公園の入り口付近から尚斗がやってくる。いつものスーツ姿で、落ち着いた雰囲気を醸し出している。
「お待たせ、咲さん。隣、座っていい?」
「もちろんです」
「夜空を見上げてたみたいだけど、何を考えてた?」
「あ、見られてましたか。ええ、星が綺麗に輝いていて、まるで私たちみたいだなって思ってました」
「綺麗なのは咲さんだけだよ。僕は仮初めの存在だから、輝いていたとしてもそれは偽者だ」
「尚斗さん……」
「咲さんに考えるように告げてから今日までずっと考えてたんだけどさ、なんでかな、咲さんとの楽しい思い出ばかりが思い浮かんでなかなか考えがまとまらなかった」
穏やかな表情で切り出すが、その寂しそうな雰囲気から答えを察する。
「初めてのデートはフレンチレストランだった。僕も緊張してたけど、咲さんも緊張してて間違って僕のワイングラスを取ってたっけ。初めてのキスは駅の改札口。照れた咲さんの顔が可愛くて思わず強く抱きしめたよね」
一つ一つのシーンが鮮明に甦り、咲の瞳には涙が浮かぶ。
「海を見に行ったときの帰りホントはキスもしたかったし、あのまま一泊しようって誘おうとして、勇気がなくて言えなかったんだ。今思えば惜しいことしたなって思う」
強がりな笑顔がとてつもなく切なく映り、こみ上げる悲しい感情を抑えきれなくなる。
「もう言わないで、お願い、聞いてて辛いから……」
「ごめん。つい思い出話が出ちゃって。単刀直入に言うよ。僕は咲さんと別れようと思う」
予想をしていたとは言え、はっきりと別れを告げられると心にヒビが入るくらいの衝撃を受ける。
「二人で協力して費用を負担しながら生きて行く道も考えた。僕だって咲さんとずっと居たいからね。でも、それは現実的ではないし、普通の恋愛とはかけ離れている。僕は元々この世に居ない存在なんだ。それならば、現実を生きている咲さんの幸せを祈って消えるのが筋だと思った。僕の存在は咲さんを苦しめるだけだ」
「そんな事ない! 苦しませるだけだなんて、それは間違ってる。私は尚斗さんに出会えて本当に感謝してる。たくさんの笑顔と幸せを貰った。初めてのキスも初めてのハグも貴方から貰った。初めて、初めて……、恋をすることを知った…………」
語りながら途中で咲はボロボロと涙を零す。
「おはようのメールから始まる毎日で元気になれた。おやすみのメールで心地良い眠りにつけた。声を聴けるだけで疲れが取れる気がした。貴方の存在は私にとって生きる糧だった。付き合ってきたこの一カ月、幸せだと思ったことはあっても、苦しいだなんて思ったことは一瞬たりともない。尚斗さん、私は貴方を愛していました……」
泣きながら必死に想いのたけを伝える咲の姿に触れ尚斗も涙を流す。泣き止まない咲を正面から抱きすくめると、尚斗は優しく語り掛ける。
「ありがとう、咲さん。こんな僕でも貴女を幸せにできたのだと思うと、なんの悔いもなく側を離れることができる。僕も咲さんを愛しています」
「尚斗さん……」
涙を流したまま見つめ合い二人は唇を重ねる。長い長いさよならのキスを終えると、無言のまま尚斗はベンチを後にする。ベンチの残された咲は、その場で動けず口に手を当て声をころして泣き続けていた。