理想の彼氏作成キット
第2話
厚さ五センチ程の本を取り出すと、咲は無言で茜に差し出す。茜は訝しがりながら受け取り、表紙を見た途端爆笑する。
「あははは! 何これ!? 咲、こんなもの買ってんの? 確かに危険物だわ! あはははは!」
「ちょ! そんな訳ないでしょ! 知らないわよこんなもの!」
「またまた~、照れなくていいわよ。誰だって彼氏欲しいものね。理想の、カ・レ・シ」
茜は再び腹を抱え笑い転げている。咲は顔を真っ赤にさせ抗議するが茜は全く信じていない様子で、ずっと笑い泣きしている。ムカつくもののその気持ちも理解でき、笑い止むまでじっと我慢する。落ち着いた姿を確認すると咲は切り出す。
「本、ちょっと見せてよ」
「あはは、気になる?」
「ネタとして楽しみたい」
「それは同感。一緒に見てみよっか」
机に本を置くと並んで座り表紙をめくる。何の変哲もない白いページに書かれた解説の文字が飛び込み、二人で一緒に目を通していく。
『理想の彼氏作成キットについて』
・この理想の彼氏作成キット(以下キット)は貴女にぴったりの彼氏を作成し提供するプログラムです。理想の出会い、理想の相手に巡り合う機会の少ない昨今、自然の流れや縁に任せることは大変リスキーとなっております。また、出会いを提供するイベントや施設等、様々な出会いのチャンスがある中でも、良質な出会いに巡り合えないのが実状であったりします。
さらに良質な縁と感じた相手ですら、いざお付き合いとなった後で後悔したり理想とかけ離れた人格に合い、予期せぬ結果に遭うケースも多々あります。このような無駄な出会いは、それに掛かる費用や手間ばかりか、貴重な時間をも浪費してしまいます。特に女性にとって時間が重要なファクターであることは明白であり、人生設計を計画的に図るにも無駄な出会いは回避すべき事象です。このキットはそのようなリスクを全て回避し且つ、貴女にとって最高の出会いを提供するものであります。
ここまで読むと咲は茜を見て、茜も咲を見つめて口を開く。
「わりと的を射た内容だと思う。最初爆笑したけど、確かに時間って女にとって大事よね」
「まあね、私はお金の点に凄く頷いたけど」
「恋愛するとお金掛かるもんね」
「そうそう、服装にコスメに何やかやで浪費が半端ない。デート代も最近では割り勘が世の流れになってるし。やってらんね~」
「彼氏居たことないのに、よくそこまで語れるわね」
「うっさい。次読むよ次」
苦笑する茜をよそにページを捲ると導入という項目が現れる。
『作成キットの導入方法』
・導入方法はとても簡単で付属のCDROMをPCにインストールするだけでご利用になれます。Windows版・Mac版とございますが、どちらも導入方法は同じようになります。インストールが完了しOK押すとソフトが自動で起動します。以降はデスクトップ画面のショートカットアイコンよりご利用下さい。
付属のCDROMという文字を見ると茜が段ボールを探り、それを取り出して見せる。CDROMは銀色の版に緑色の文字で、理想のカレシ作成キットとポップなフォントで印刷してある。
「どうするコレ? 入れてみる?」
「かなり怪しいよね? でも、すっごく気にならない?」
「気になる」
茜は本心からそう思っているのか吹き出してしまう。咲はその野次馬根性を察し導入をためらうが、好奇心の方が勝ってしまいPCの電源に指を伸ばす。PCのトレイにCDをセットし、データの読み込みが始まってから咲は問う。
「これさ、個人情報を盗むウイルスとか入ってたらやだよね?」
「咲ってネットショッピングしないでしょ?」
「うん」
「なら大丈夫。盗む価値のある情報なんてこのパソコンにないから」
「褒め言葉として取っておくわ」
「どうぞどうぞ」
いつものように軽口を叩き合っていると、数秒程度でダウンロードが完了し咲は躊躇いなくOKをクリックする。期待と不安が入り混じる中、画面を見つめているとお洒落な青い薔薇の画像と共に、理想の彼氏作成キットと表示される。選べる項目は『最初から』『続きから』『オプション』となっており、教科書通りに最初からをクリックした。