理想の彼氏作成キット
第3話
自分の名前、年齢、血液型、趣味から好きな食べ物等、細かいデータを入力する。若干結婚相談所の登録に似ている部分もあるが、そこは割り切ってどんどん記入していく。
「まあこんなもんかな。一応見直すか」
入力し終えると咲は記入ミスがないかチェックを始め、真横の茜が突っ込みを入れる。
「あのさ、初っ端名前がキャメロン・ディアスなんだけど?」
「えっ、何か問題でも?」
「…………、ううん、いいや、もう。アンタはキャメロンだ」
「イエス、ウィーキャン」
「で、オバマさん、趣味に日本舞踊とか琴とか書いてますけど?」
「あら、言ってなかった? 私できるのよ? エアーだけど」
「後で後悔することになるかもよ?」
「いいのいいの、どうせこれゲームっぽいし。アレだよアレ、ときメモの男の子版」
「そうかね~、マニュアル見る限り、なんか侮れない感じがするんだけどね」
そう言いながら茜は説明書をパラパラと捲る。自分のデータ入力が終了すると、次は理想の彼氏作成画面が表示され咲のテンションも上がる。
「キター! 茜、マニュアル!」
「はいはい、えっとね。ああ、これは凄いわ」
「なによ?」
「まずは顔のパーツから選ぶんだけど、顔だけでパーツの種類が五万だって。希望の人種・国から選択していくのがベターかも」
「なるほど、そこはやっぱり日本でしょ。大和撫子だし」
「確か貴女の名前はキャメロンじゃなかったかしら?」
「心の問題よ、心の。じゃあ顔から選択っと」
茜の突っ込みを無視して咲はパーツ選択を開始し、全身のパーツコーディネートが完了すると一息つく。最初の入力から一時間近く経っており、このソフトがどれだけ細かい設定で出来ているかを実感する。次をクリックすると名前を入力する画面が現れ咲の手は止まる。
「名前、どうしようか?」
「デンゼル・ワシントンに一票」
「すらっとした黒髪短髪の日本男児なんですけど?」
「アンタも金髪モデル体系でもないのにキャメロンじゃない。ゲームなんだし何でもいいんじゃないの?」
「いや、ここまでちゃんと作成するとちゃんとした名前を付けてあげたくなった。茜、ネーミングセンスあるし」
「親心ってヤツ? まあ、ちゃんと付けたいのならカッコイイ名前がいいか。う~ん……」
しばらく考え込むと、スマホを取り出し操作をすると咲に画面を見せる。
「三つ考えてみた。この中でよければ選んで、ダメなら他考える」
画面には『鷹取蓮(たかとりれん)』『三浦翔(みうらしょう)』『伊勢谷尚斗(いせやなおと)』と三人の名前が表記されている。
「おお、全部もっともらしい名前だ。この中だと伊勢谷かな?」
「即決だね。なんで?」
「髪型とか目は某俳優伊勢谷さんイメージだから」
「納得」
名前が決まると血液型等、適当にイメージし記入していく。中には出会う場所まで指定しており、咲はベタと罵った職場を選択する。自分のときと同じく趣味から好物まで細かい入力が求められ、流石に辟易し『無し』を選択していく。最終確認のOKボタンをクリックするとデータ送信中という文字の後、今後の流れと使用料についてというアイコンが出現する。
『今後の流れと使用料について』
・キットの作成お疲れ様でした。ご記入頂いたデータの下、理想の彼氏を派遣致します。実際に出会った以降もカスタムで変更できる項目もございますので、お気軽にご利用下さい。(*全身のパーツ変更は致し兼ねます)また、ご利用につき最初の一カ月は無料となりますが、一カ月を超えてのご利用の際は月額十万円の基本料金と、五千円のメンテナンス料金がかかりますのでご了承下さい。振込先等は利用の開始が確認され次第、弊社よりご連絡致します。
サービスの中止によるパーツ及び記憶の復元は致しかねますので、中止の際は十分ご注意下さい。疑問・質問等は、オプション内にある『よくある質問』を参照の上、同オプション内の問い合わせよりお願いします。なお同キットをご使用になられたことによる心身の損害又は物品・金銭の損害は補償致しかねます。月額使用料もこれにあたりますので、ご利用の際はこれらご承諾の上お願い致します。貴女にとって最高の出会いになることをお約束致します。
トップに戻るというアイコンをクリックすると、最初の画面が現れ『続きから』を開くと『現在作成中』とだけ表示される。
「これ、ゲームだよね?」
茜に同意を求めるも首を捻り考え込む。
「ゲームなら普通この後ゲームが始まってイベントも開始される。食パンを加えて走ってたら道の曲がり角で転入生とぶつかる、みたいな感じでね。でもこれさ、彼氏を派遣と書いてる。つまり、デリヘルの男性バージョン?」
「うげ、マジっすか」
「一カ月間の使用料もゲームとしたら十万は高過ぎ。これ、絶対リアルだよ」
「じゃあさ、近いうち職場に伊勢谷君が来るってこと?」
「かもね」
マニュアルを閉じながら茜はにべにもなく答える。
「でもさ、本名はもとより顔も職場の情報すら入力してないんだよ? どうやって来るってーの?」
「そこまでは私も知らないわよ」
「やっぱタチの悪いイタズラかな?」
「手が込み過ぎてるけど、可能性は無きにしも非ず。でも、一カ月はタダって言うんだからやってみれば? アンタに出会いがないのは事実だし」
痛いところを突かれ咲は押し黙ってしまう。この後、マニュアルを熟読し検索サイトで会社名やタイトルを調べるも有力な情報は得られず、夜になると茜はさっさと帰ってしまう。
(理想の彼氏、か。そんな簡単にできたら苦労しないわ)
部屋で一人マニュアルの表紙を眺めつつ咲は大きな溜め息を吐いた。