恋架け橋で約束を
夏祭り
家に入り、おばあさんに挨拶を済ませたあと、私たちはすぐに二階に上がった。
夏祭りへ行く準備をするために。
「ちょっと待っててね」
自分の部屋に入ろうとする私を、孝宏君がそう言って引き止めた。
何だろう?
孝宏君は奥の一室に入っていった。
しばらくして出てきた孝宏君の手にあったのは、一着の浴衣だ。
「これを持って、ばあちゃんのところへ行ってくれるかな。着付けをしてくれるから」
「ええっ?! でも……。その浴衣、お借りしてもいいんですか?」
「うん。僕の従姉のだけど、ばあちゃんが買ったものだし。何より、ばあちゃんが貸してあげるって言ってるから、何の問題もないよ」
「……ありがとう!」
ここまで親切にしてもらって、ほんとにいいのかな……。
「それじゃ、おばあさんのところへ行きますね」
浴衣と小物を受け取って、私は言った。
小物はどうやら、髪飾りのようだ。
色々お借りしてしまって、申し訳ないなぁ。
「うん、いってらっしゃい」
そして、私は階下のおばあさんのもとへと向かった。
「ちゃんと持ってきたのね。着付けは任せてね」
おばあさんは、にこにこして言ってくれた。
「本当にすみません、色々とお借りした上に、お手間をかけさせてしまって」
「いいのよ。あたしが好きで貸してるみたいなもんだしさ。さぁさ、おいで。着付けをするからね」
「ありがとうございます。お願いします」
そして、私はおばあさんに浴衣の着付けをしてもらった。
浴衣は紺色で、黄色い帯だった。
色のコントラストが鮮やかだ。
髪飾りは帯の色に合わせて黄色だった。
「素敵な浴衣ですね。お貸しいただいて、本当にありがとうございます」
「いえいえ、いいのよ。うちの孫娘より、似合ってるよ。あの子も、佐那ちゃんみたいなおしとやかな子だったらいいのに。おてんばだからねぇ」
お世辞でも嬉しかった。
でもちょっと、孝宏君の従姉さんに申し訳ない。
おばあさんに何度も何度もお礼を言った私は、元着ていた服などを置いてくるため、自室へと戻ることにした。
準備を済ませて自分の部屋から出ると、孝宏君が待ってくれていた。
孝宏君は特に着替えず、Tシャツにスラックスという、普段どおりの服装のままみたい。
「うわっ、よく似合ってるね! 可愛いよ。そういう落ち着いた色合いのも、佐那ちゃんにぴったりだね」
「あ、ありがとう……」
嬉しいけど、何だかくすぐったい。
「それじゃ、行こっか。草履は下駄箱の中にあるから、出してあげるね」
「何から何までありがとう。よろしくお願いします」
そして、私たちは階下に降りた。
「ここで待ち合わせのはずなんだけど、智たちはまだ来てないみたいだね」
待ち合わせ場所に到着し、脇に立っている電柱のそばに寄りかかりながら、孝宏君が言った。
この近くに臨海公園があるらしい。
いつか行ってみたいな。
道の先には、もう出店が並んでいて、人が歩いているのが見える。
「多分もうすぐ来るんじゃないかな」
私たちはおしゃべりをしながら、智君と美麗さんを待つことにした。
「お待たせ!」
しばらく立って待っていると、声がしたのでそちらを向いた。
やはり智君だ。
後ろに美麗さんの姿もある。
美麗さんは相変わらず優雅な歩き方だ。
智君は普段着だったが、美麗さんは黒を基調とした浴衣を着ていた。
下駄がカランコロンと良い音を立てている。
帯はピンクで、かなり似合っていた。
綺麗だなぁ……。
「お待たせしてごめんなさいね」
美麗さんが言った。
「いえいえ、気にしないでね。それじゃ、行こう」
先頭にいる孝宏君はそう言って、歩き出す。
私たちは、ゆっくりと出店のほうへと歩いていった。
「金魚すくい、やってみようぜ」
出店の一番端にあった金魚すくいのお店を見るやいなや、智君が元気よく言うと、さっそくお金を払って挑戦しはじめた。
他の三人は黙って見守ることに。
「意外とムズイな……。ちっ、もう破れちまった」
二匹すくったあと、ポイが破れてしまったみたいだ。
「佐那ちゃんも挑戦してみる?」
私に聞いてくれる智君。
「はい、やってみますね」
「それじゃ、私も」
美麗さんも手を挙げて言った。
競争みたいで、同時にやるのは気が引けたけど、こうなってしまったからには仕方ない。
「やったぁ!」
美麗さんは器用に次々と金魚をすくっている。
対する私は……一匹もすくえず苦戦中。
「破れなかったけど、このくらいにしておきますわ。あまり取りつくすのもよくないから」
美麗さんは六匹すくったあと、そう言って余裕の表情で立ち上がった。
ううう……何とかして一匹はすくわないと、惨めなことに……。
美麗さんは、男性陣二人と共に、私の挑戦……というか悪戦苦闘……を観戦しはじめた。
「神楽坂君もやってみてはいかがですか? 楽しいですわよ。このポイをそのままお渡ししますわ」
美麗さんが孝宏君に言って、自分の持っていたポイを差し出した。
「え、ああ、ありがとう」
孝宏君が答えたそのとき―――。
「ああ~。破れちゃいました」
結局一匹もすくえないまま、終了……。
惨めだぁ……。
「気を落とすなってば。俺のを二匹ともあげるよ」
智君が、自分のを渡そうとしてくれる。
「いえ、そんな……申し訳ないですし」
「いいっていいって、俺からのほんの気持ちだからさ」
なおも金魚の入った袋を私に向かって差し出してくれたので、あまりしつこく断り続けるのも失礼だと思って、「ありがとう」と言って受け取った。
そのあとは孝宏君が挑戦することに。
しかし、美麗さんの使ったあとのポイだったせいか、1匹すくったあと破れてしまった。
「これは悔しいなぁ……。新しいので挑戦してみるよ」
孝宏君は心底悔しそうだ。
「その必要はなくってよ。はい、私のすくったのを全部差し上げますわ」
智君が私にしてくれたのと同じように、孝宏君に向かって袋を差し出す美麗さん。
「申し訳ないですよ。それに、もう一回だけ名誉挽回のチャンスをください」
「私の金魚じゃ満足できなくって?」
ちょっと不機嫌そうな様子で美麗さんが言った。
何もそんな言い方しなくても……。
「いえ、そういう意味じゃありませんよ。誤解させてすみません。そうですね、ありがたくいただきますね、ありがとうございます」
新しいポイで自ら挑戦したそうな孝宏君だったけど、美麗さんの袋を申し訳なさそうな様子で受け取った。
「あの……。孝宏君がもう一回挑戦するところを見てみたいです」
抑えきれず、つい思ったことを言ってしまった私。
美麗さんが私のほうをじろりと見た。
視線が痛い……。
「俺のあげた金魚だけでは不満かぁ。二匹しか取れずにごめんな」
「いえ、そういう意味では……。金魚、ありがとう」
慌てて智君に言う私だったけど、美麗さんの冷たい視線が怖い。
たしかにわがままな言動に思えるかもしれないけど、そんなに睨まなくても……。
私、美麗さんのこと苦手かも。
以前、孝宏君と共に、ちらっと顔をあわせたときにから、何だか美麗さんに私だけ嫌われてるみたいだけど、私のほうからはそんな印象を持ってなかったのに……。
「まぁでも、佐那ちゃんがそこまで推薦するのなら、孝宏のお手並み拝見といこう。俺も観戦しててやるよ」
「プレッシャーかかるなぁ」
苦笑いしながら、お店のおじさんから新しいポイを受け取る孝宏君。
そして孝宏君がすくい始めたが、あまりの上手さにびっくりだった。
あっと言う間に六匹をすくいあげてから、「このポイももうすぐ破れそうだし、このへんで」と言って、孝宏君はすくうのをやめた。
「すごいですね!」
私は孝宏君に声をかけた。
孝宏君の満足そうな様子が、私にとっても嬉しかった。
「俺の株が下がるじゃないか。孝宏~、余計なことを。挑戦させるんじゃなかったぜ」
おどけて言う智君に、孝宏君と私はくすくす笑った。
「それじゃ、次いきましょうか」
美麗さんがこころもち冷ややかな調子で言う。
美麗さん、やっぱり私のこと嫌いなのかな?
今も私のほうをじろって見てから、言ったし……。
その考えが、だんだん確信に変わりつつあった。
その後、わたあめとチョコバナナを買って、みんなで食べた。
孝宏君のそばだと、何を食べても、信じられないほど美味しく感じる。
うすうす気づいていたけど、私にはこれといった苦手な食べ物がないらしかった。
いつの間にか、あたりはかなり薄暗くなっている。
奥の土手のほうからは、虫の音も響いていた。
夏祭りへ行く準備をするために。
「ちょっと待っててね」
自分の部屋に入ろうとする私を、孝宏君がそう言って引き止めた。
何だろう?
孝宏君は奥の一室に入っていった。
しばらくして出てきた孝宏君の手にあったのは、一着の浴衣だ。
「これを持って、ばあちゃんのところへ行ってくれるかな。着付けをしてくれるから」
「ええっ?! でも……。その浴衣、お借りしてもいいんですか?」
「うん。僕の従姉のだけど、ばあちゃんが買ったものだし。何より、ばあちゃんが貸してあげるって言ってるから、何の問題もないよ」
「……ありがとう!」
ここまで親切にしてもらって、ほんとにいいのかな……。
「それじゃ、おばあさんのところへ行きますね」
浴衣と小物を受け取って、私は言った。
小物はどうやら、髪飾りのようだ。
色々お借りしてしまって、申し訳ないなぁ。
「うん、いってらっしゃい」
そして、私は階下のおばあさんのもとへと向かった。
「ちゃんと持ってきたのね。着付けは任せてね」
おばあさんは、にこにこして言ってくれた。
「本当にすみません、色々とお借りした上に、お手間をかけさせてしまって」
「いいのよ。あたしが好きで貸してるみたいなもんだしさ。さぁさ、おいで。着付けをするからね」
「ありがとうございます。お願いします」
そして、私はおばあさんに浴衣の着付けをしてもらった。
浴衣は紺色で、黄色い帯だった。
色のコントラストが鮮やかだ。
髪飾りは帯の色に合わせて黄色だった。
「素敵な浴衣ですね。お貸しいただいて、本当にありがとうございます」
「いえいえ、いいのよ。うちの孫娘より、似合ってるよ。あの子も、佐那ちゃんみたいなおしとやかな子だったらいいのに。おてんばだからねぇ」
お世辞でも嬉しかった。
でもちょっと、孝宏君の従姉さんに申し訳ない。
おばあさんに何度も何度もお礼を言った私は、元着ていた服などを置いてくるため、自室へと戻ることにした。
準備を済ませて自分の部屋から出ると、孝宏君が待ってくれていた。
孝宏君は特に着替えず、Tシャツにスラックスという、普段どおりの服装のままみたい。
「うわっ、よく似合ってるね! 可愛いよ。そういう落ち着いた色合いのも、佐那ちゃんにぴったりだね」
「あ、ありがとう……」
嬉しいけど、何だかくすぐったい。
「それじゃ、行こっか。草履は下駄箱の中にあるから、出してあげるね」
「何から何までありがとう。よろしくお願いします」
そして、私たちは階下に降りた。
「ここで待ち合わせのはずなんだけど、智たちはまだ来てないみたいだね」
待ち合わせ場所に到着し、脇に立っている電柱のそばに寄りかかりながら、孝宏君が言った。
この近くに臨海公園があるらしい。
いつか行ってみたいな。
道の先には、もう出店が並んでいて、人が歩いているのが見える。
「多分もうすぐ来るんじゃないかな」
私たちはおしゃべりをしながら、智君と美麗さんを待つことにした。
「お待たせ!」
しばらく立って待っていると、声がしたのでそちらを向いた。
やはり智君だ。
後ろに美麗さんの姿もある。
美麗さんは相変わらず優雅な歩き方だ。
智君は普段着だったが、美麗さんは黒を基調とした浴衣を着ていた。
下駄がカランコロンと良い音を立てている。
帯はピンクで、かなり似合っていた。
綺麗だなぁ……。
「お待たせしてごめんなさいね」
美麗さんが言った。
「いえいえ、気にしないでね。それじゃ、行こう」
先頭にいる孝宏君はそう言って、歩き出す。
私たちは、ゆっくりと出店のほうへと歩いていった。
「金魚すくい、やってみようぜ」
出店の一番端にあった金魚すくいのお店を見るやいなや、智君が元気よく言うと、さっそくお金を払って挑戦しはじめた。
他の三人は黙って見守ることに。
「意外とムズイな……。ちっ、もう破れちまった」
二匹すくったあと、ポイが破れてしまったみたいだ。
「佐那ちゃんも挑戦してみる?」
私に聞いてくれる智君。
「はい、やってみますね」
「それじゃ、私も」
美麗さんも手を挙げて言った。
競争みたいで、同時にやるのは気が引けたけど、こうなってしまったからには仕方ない。
「やったぁ!」
美麗さんは器用に次々と金魚をすくっている。
対する私は……一匹もすくえず苦戦中。
「破れなかったけど、このくらいにしておきますわ。あまり取りつくすのもよくないから」
美麗さんは六匹すくったあと、そう言って余裕の表情で立ち上がった。
ううう……何とかして一匹はすくわないと、惨めなことに……。
美麗さんは、男性陣二人と共に、私の挑戦……というか悪戦苦闘……を観戦しはじめた。
「神楽坂君もやってみてはいかがですか? 楽しいですわよ。このポイをそのままお渡ししますわ」
美麗さんが孝宏君に言って、自分の持っていたポイを差し出した。
「え、ああ、ありがとう」
孝宏君が答えたそのとき―――。
「ああ~。破れちゃいました」
結局一匹もすくえないまま、終了……。
惨めだぁ……。
「気を落とすなってば。俺のを二匹ともあげるよ」
智君が、自分のを渡そうとしてくれる。
「いえ、そんな……申し訳ないですし」
「いいっていいって、俺からのほんの気持ちだからさ」
なおも金魚の入った袋を私に向かって差し出してくれたので、あまりしつこく断り続けるのも失礼だと思って、「ありがとう」と言って受け取った。
そのあとは孝宏君が挑戦することに。
しかし、美麗さんの使ったあとのポイだったせいか、1匹すくったあと破れてしまった。
「これは悔しいなぁ……。新しいので挑戦してみるよ」
孝宏君は心底悔しそうだ。
「その必要はなくってよ。はい、私のすくったのを全部差し上げますわ」
智君が私にしてくれたのと同じように、孝宏君に向かって袋を差し出す美麗さん。
「申し訳ないですよ。それに、もう一回だけ名誉挽回のチャンスをください」
「私の金魚じゃ満足できなくって?」
ちょっと不機嫌そうな様子で美麗さんが言った。
何もそんな言い方しなくても……。
「いえ、そういう意味じゃありませんよ。誤解させてすみません。そうですね、ありがたくいただきますね、ありがとうございます」
新しいポイで自ら挑戦したそうな孝宏君だったけど、美麗さんの袋を申し訳なさそうな様子で受け取った。
「あの……。孝宏君がもう一回挑戦するところを見てみたいです」
抑えきれず、つい思ったことを言ってしまった私。
美麗さんが私のほうをじろりと見た。
視線が痛い……。
「俺のあげた金魚だけでは不満かぁ。二匹しか取れずにごめんな」
「いえ、そういう意味では……。金魚、ありがとう」
慌てて智君に言う私だったけど、美麗さんの冷たい視線が怖い。
たしかにわがままな言動に思えるかもしれないけど、そんなに睨まなくても……。
私、美麗さんのこと苦手かも。
以前、孝宏君と共に、ちらっと顔をあわせたときにから、何だか美麗さんに私だけ嫌われてるみたいだけど、私のほうからはそんな印象を持ってなかったのに……。
「まぁでも、佐那ちゃんがそこまで推薦するのなら、孝宏のお手並み拝見といこう。俺も観戦しててやるよ」
「プレッシャーかかるなぁ」
苦笑いしながら、お店のおじさんから新しいポイを受け取る孝宏君。
そして孝宏君がすくい始めたが、あまりの上手さにびっくりだった。
あっと言う間に六匹をすくいあげてから、「このポイももうすぐ破れそうだし、このへんで」と言って、孝宏君はすくうのをやめた。
「すごいですね!」
私は孝宏君に声をかけた。
孝宏君の満足そうな様子が、私にとっても嬉しかった。
「俺の株が下がるじゃないか。孝宏~、余計なことを。挑戦させるんじゃなかったぜ」
おどけて言う智君に、孝宏君と私はくすくす笑った。
「それじゃ、次いきましょうか」
美麗さんがこころもち冷ややかな調子で言う。
美麗さん、やっぱり私のこと嫌いなのかな?
今も私のほうをじろって見てから、言ったし……。
その考えが、だんだん確信に変わりつつあった。
その後、わたあめとチョコバナナを買って、みんなで食べた。
孝宏君のそばだと、何を食べても、信じられないほど美味しく感じる。
うすうす気づいていたけど、私にはこれといった苦手な食べ物がないらしかった。
いつの間にか、あたりはかなり薄暗くなっている。
奥の土手のほうからは、虫の音も響いていた。