恋架け橋で約束を
帰り道、おしゃべりしていると、話題が趣味のことになった。
記憶を失くしている私には参加しにくい話題だったので、みんなにあらかじめそう伝えてから、聞き役に徹することに。
孝宏君の趣味は、鉄道と星を見ることだと本人が言ったけど、これはすでに私も知っていた。
美麗さんは華道や書道、お菓子作り、ピアノなどが趣味らしい。
美麗さんらしいなぁ。
そして、智君の番になった。
「俺は歴史が好きだな。戦国時代と幕末、最高に面白いぜ!」
やや興奮気味に智君が言った。
よっぽど好きなんだなぁ。
「なんとなく分かるな。僕も好きなほうだ」
「私は、好きでも嫌いでもないわ」
孝宏君と美麗さんが、口々に感想を言った。
智君は熱い口調のまま続けた。
「そうだ、知ってる? 豆知識。武将の加藤清正と、新撰組局長の近藤勇は、拳(こぶし)を口に入れることが出来たらしいぞ!」
「拳を口に?」
孝宏君が聞き返した。
「そう、握りこぶしのこと。俺にはできないけどな」
じゃんけんのグーのように右手を握り、口に持っていきながら、智君が答える。
「たしかに……これ、僕も無理だ」
孝宏君が言った。
つられて私もこっそりやってみる。
すると―――。
右手の握りこぶしが、すっぽりと口に入ってしまった。
出来ちゃったよ……。
これって、難しいことなのかな?
「佐那ちゃんと九十九さんはどう?」
智君が、美麗さんと私に話をふった。
「やってみるまでもなく、出来るわけありませんわ」
美麗さんは言った。
うん、たしかにこれ……女子は、あまり人前で安易にやるべきことでもない気がする。
美麗さんがやる様子なんか、想像できないし。
なので、私も同じくできないふりをしておくことにした。
ウソをつくことになっちゃって居心地はよくないけど、でも……「できる」って言えば、みんなの前でやらなくちゃならなくなるし。
仕方ないよね。
「私もできないと思います」
というわけで、そう答えておいた。
「ほら、なかなか出来ないことでしょ。加藤清正と近藤勇、すごいよな!」
なぜか自分のことのように、得意げに言う智君。
「でも、どうしてそのお二人はそのようなことを? どういう意図があって、拳を口に入れていたんですの?」
美麗さんが訊ねた。
「なんでも、近藤勇は加藤清正が好きだったか、尊敬していたかで、清正ができたというソレを、自らも出来るということで、喜んでやっていたとか、どこかで読んだな」
「じゃあ、その加藤清正は、なんでソレをやってたんだ?」
今度は孝宏君が聞いた。
「これはうろ覚えだけど、なんでも……中国の関羽だったかな、ソレができるという武将の逸話があったらしくて、そこから自分もやってみたとか。あれ? 近藤勇が関羽のマネをしたんだったっけ。忘れた。とにかく、清正と近藤勇は、出来たってことで」
「へぇ~」
孝宏君が感心したように言った。
「よくご存知ですわね」
「物知りですね~」
美麗さんと私も、口々に智君を褒めた。
「まぁ、好きなもんで」
ちょっと得意げに鼻の下を指でこすりながら、智君が言った。
それからまた、たわいもないおしゃべりをしていると、いつの間にかあの十字路まで着いていた。
「ここで解散だな」
智君が言った。
「今日はとても楽しかったですわ。また誘ってくださいな。それでは、神楽坂君、佐那さん、ごきげんよう。御木本君は同じ方向でしたわよね」
美麗さんが言う。
「うん、そうだね。それじゃ、佐那ちゃん、孝宏、また明日な!」
手を振りながら、孝宏君と私に言ってくれる智君。
孝宏君と私も、手を振り返す。
そして、智君と美麗さんは連れ立って、ゆっくりと歩き去っていった。
「さて、僕たちも帰ろう」
二人っきりになると、孝宏君が言う。
「ええ。あの……今日は本当に楽しかったです。ありがとう」
「僕もすごく楽しかったよ。来てくれてありがとうね」
孝宏君からそう言ってもらえて嬉しくて、来てよかったと心からそう思った。
「えっと……ごめんね」
「え?」
帰り道の途中で、突然、孝宏君が謝ってくれたけど、私には何のことか分からなかった。
「ああ、その……射的で、ぬいぐるみと花火を取ったとき、先に九十九さんに声をかけて、ぬいぐるみを渡したことだよ。佐那ちゃんはゾウのぬいぐるみを智からもらっていたし、九十九さんにもぬいぐるみを渡さないとって思って……。ほんとにそれだけの理由だから、誤解しないでね」
そんなことを気にしてくれてたんだ……。
私は全然、気にしていなかったのに。
私だって花火をもらってるのに。
孝宏君の深い気遣いに、感激してしまった私は、思わずにじんできた涙を必死でこらえた。
「いえいえ、気にしていないので、孝宏君も気にしないでね。花火ありがとう、嬉しかったです」
「帰ったら、ばあちゃんも混ぜて、みんなでやろっか」
「賛成です!」
そして、私たちはおしゃべりを続けながら、家へと向かった。
記憶を失くしている私には参加しにくい話題だったので、みんなにあらかじめそう伝えてから、聞き役に徹することに。
孝宏君の趣味は、鉄道と星を見ることだと本人が言ったけど、これはすでに私も知っていた。
美麗さんは華道や書道、お菓子作り、ピアノなどが趣味らしい。
美麗さんらしいなぁ。
そして、智君の番になった。
「俺は歴史が好きだな。戦国時代と幕末、最高に面白いぜ!」
やや興奮気味に智君が言った。
よっぽど好きなんだなぁ。
「なんとなく分かるな。僕も好きなほうだ」
「私は、好きでも嫌いでもないわ」
孝宏君と美麗さんが、口々に感想を言った。
智君は熱い口調のまま続けた。
「そうだ、知ってる? 豆知識。武将の加藤清正と、新撰組局長の近藤勇は、拳(こぶし)を口に入れることが出来たらしいぞ!」
「拳を口に?」
孝宏君が聞き返した。
「そう、握りこぶしのこと。俺にはできないけどな」
じゃんけんのグーのように右手を握り、口に持っていきながら、智君が答える。
「たしかに……これ、僕も無理だ」
孝宏君が言った。
つられて私もこっそりやってみる。
すると―――。
右手の握りこぶしが、すっぽりと口に入ってしまった。
出来ちゃったよ……。
これって、難しいことなのかな?
「佐那ちゃんと九十九さんはどう?」
智君が、美麗さんと私に話をふった。
「やってみるまでもなく、出来るわけありませんわ」
美麗さんは言った。
うん、たしかにこれ……女子は、あまり人前で安易にやるべきことでもない気がする。
美麗さんがやる様子なんか、想像できないし。
なので、私も同じくできないふりをしておくことにした。
ウソをつくことになっちゃって居心地はよくないけど、でも……「できる」って言えば、みんなの前でやらなくちゃならなくなるし。
仕方ないよね。
「私もできないと思います」
というわけで、そう答えておいた。
「ほら、なかなか出来ないことでしょ。加藤清正と近藤勇、すごいよな!」
なぜか自分のことのように、得意げに言う智君。
「でも、どうしてそのお二人はそのようなことを? どういう意図があって、拳を口に入れていたんですの?」
美麗さんが訊ねた。
「なんでも、近藤勇は加藤清正が好きだったか、尊敬していたかで、清正ができたというソレを、自らも出来るということで、喜んでやっていたとか、どこかで読んだな」
「じゃあ、その加藤清正は、なんでソレをやってたんだ?」
今度は孝宏君が聞いた。
「これはうろ覚えだけど、なんでも……中国の関羽だったかな、ソレができるという武将の逸話があったらしくて、そこから自分もやってみたとか。あれ? 近藤勇が関羽のマネをしたんだったっけ。忘れた。とにかく、清正と近藤勇は、出来たってことで」
「へぇ~」
孝宏君が感心したように言った。
「よくご存知ですわね」
「物知りですね~」
美麗さんと私も、口々に智君を褒めた。
「まぁ、好きなもんで」
ちょっと得意げに鼻の下を指でこすりながら、智君が言った。
それからまた、たわいもないおしゃべりをしていると、いつの間にかあの十字路まで着いていた。
「ここで解散だな」
智君が言った。
「今日はとても楽しかったですわ。また誘ってくださいな。それでは、神楽坂君、佐那さん、ごきげんよう。御木本君は同じ方向でしたわよね」
美麗さんが言う。
「うん、そうだね。それじゃ、佐那ちゃん、孝宏、また明日な!」
手を振りながら、孝宏君と私に言ってくれる智君。
孝宏君と私も、手を振り返す。
そして、智君と美麗さんは連れ立って、ゆっくりと歩き去っていった。
「さて、僕たちも帰ろう」
二人っきりになると、孝宏君が言う。
「ええ。あの……今日は本当に楽しかったです。ありがとう」
「僕もすごく楽しかったよ。来てくれてありがとうね」
孝宏君からそう言ってもらえて嬉しくて、来てよかったと心からそう思った。
「えっと……ごめんね」
「え?」
帰り道の途中で、突然、孝宏君が謝ってくれたけど、私には何のことか分からなかった。
「ああ、その……射的で、ぬいぐるみと花火を取ったとき、先に九十九さんに声をかけて、ぬいぐるみを渡したことだよ。佐那ちゃんはゾウのぬいぐるみを智からもらっていたし、九十九さんにもぬいぐるみを渡さないとって思って……。ほんとにそれだけの理由だから、誤解しないでね」
そんなことを気にしてくれてたんだ……。
私は全然、気にしていなかったのに。
私だって花火をもらってるのに。
孝宏君の深い気遣いに、感激してしまった私は、思わずにじんできた涙を必死でこらえた。
「いえいえ、気にしていないので、孝宏君も気にしないでね。花火ありがとう、嬉しかったです」
「帰ったら、ばあちゃんも混ぜて、みんなでやろっか」
「賛成です!」
そして、私たちはおしゃべりを続けながら、家へと向かった。