恋架け橋で約束を

お出かけ

 その後、孝宏君の帰宅まで、私は部屋で過ごすことにした。
 おばあさんのお孫さんが置いていったという小説をお借りして。



 お昼を過ぎ、気温がぐんと上がったように感じられる。
 まさに「夏」って感じだなぁ。
 なので、外に出る気にはなかなかなれなかった。
 孝宏君となら、どんなに暑くても平気だけど。

 孝宏君、まだかなぁ。
 今日もどこかに連れてってくれるのかな。
 孝宏君の帰りが待ち遠しくて、あまり本に集中することができなかった……。



 しばらくして、孝宏君が帰ってくる音がして、私は読んでいた本を閉じた。
 今日はどこへ連れてってくれるのかな。
 そういえば、今日はお天気もいいから、あの秘密の場所へまた行けたらいいな。
 私から提案してみよう。

 素早く読んでいた本を閉じ、孝宏君のノックを静かに待つ私。
 数分後、私の部屋のドアをノックする音が聞こえたので、私はすぐにドアを開けた。

「ただいま! 今日はどうだった?」
「おかえりなさい」
 私は、今日も特に何も進展しなかったことを伝えた。
 今日、孝宏君と美麗さんを見たことは、すごく気にはなっていたけど、言いにくくてどうしても言えず………。
 そして、この場で孝宏君に思いを伝える勇気も、私にはなかった。



「そっか……。佐那ちゃんの気持ちがよく分かって、僕もつらいけど……でもいつかきっと記憶が戻って、身元もはっきりするって、僕は信じてるからね」
 おばあさんと同じように、励ましてくれる孝宏君。
 昼間見た光景を思い出すと悲しいのに、こうして孝宏君の優しさに触れるたびに、私の心は躍った。
「ありがとう」
「それじゃ、今日も出かけようよ。今日はね、とっておきのいいものを見せてあげるから」
 孝宏君が明るい表情で言った。
 とっておきのいいものって、まさか……秘密の場所で?
「今日は天気もいいし、秘密の場所へ行ってみない?」
「はい! よろしく!」
 やった!
 行き先が私の期待通りだったので、また声が少し大きくなってしまう。
 ちょっと心がうきうきしてきた。
 我ながら単純……。
 美麗さんとのことも気になっているはずなんだけど……。

 でも、くよくよしない!
 今日、伝えるって決めたんだから。
 そうだ……あの秘密の場所で伝えよう!
 あそこでなら二人っきりだし、告白するのにちょうどいいかも!

「でも、今からだと、暗くなるまでまだかなり時間があるね。それまでは、どこか違うところへ行かない?」
「どこがいいでしょう?」
「うーん」
 孝宏君は考え込んだ。

「今日は本当に暑いよね」
「え、あ、ほんとですね」
「こうも暑いと、泳ぎたくなるなぁ。一緒に室内プールで涼まない? あ、そうだった。佐那ちゃんは泳げるかどうか、覚えてない?」
「残念ながら、記憶にないです……。それに、まず……そもそも水着を持ってないです」
 何となく、水への恐怖心は全くないことが分かっているけど、泳げるかどうかは実際に水に入ってみないと分からなかった。
「だったら買おっか」
「ええっ、申し訳ないですよ~。水着って、そんなに安いものでもなさそうですし」
 ただでさえ、初日に色々と買ってもらっているのに、まだ買ってもらうだなんて、あまりに申し訳ないと思った。

「気にしなくていいよ。あ……もしかして……僕に水着を見せたくない、とか? 気がつかなくてごめんね……」
「ううん、そういうわけじゃなくて!」
 慌てて否定する私。
 そんなこと思ってないのに、誤解されちゃ嫌だ。
「ほんとに申し訳ないからって理由だけです」
「それはほんとに気にしなくていいから。本当に嫌じゃない?」
 孝宏君は顔を真っ赤にして聞いてくれる。
「はい。その……おばあさんに伺って、了解をいただけるのであれば……行ってみたいです」
「それは心配いらないよ。じゃあ、まずモールで買い物をしてから、室内プールへ行こっか」
「はい、お願いします」
 私たちは出発の準備を始めることにした。

 私は今日もまた、初日に買ってもらった帽子をかぶっていくことにした。
 ネイビー(濃紺)のキャスケット帽で、ワンピースと色を合わせている。
 ネイビーは汚れが目立ちにくいので、ありがたいかも。
 準備が済むと、孝宏君と共に、階下へ降りた。



「もちろん、いいよ。可愛いのを買ってあげてね。佐那ちゃんが気に入るのを好きなだけ、ね」
 おばあさんは二つ返事で、水着を買うことにオーケーを出してくれた。
「ありがとうございます!」
「気にしなくていいよ。気をつけていってきてね」
 おばあさんは優しく言ってくれた。
 そして私に意味ありげなウインクを、そっと送ってくれる。
 これって、「頑張れ」ってことかな。
 私もそっと、おばあさんにだけ分かるように、会釈をした。
「今日は少し帰りが遅くなるから」
 孝宏君が、星を見に行くことをおばあさんに伝えてくれた。
「夜道、くれぐれも気をつけるんだよ」
 ちょっと心配そうに念を押すおばあさん。
 孝宏君は「大丈夫」と言ってうなずく。

 そして、私たちは「行ってきます」の挨拶の後、モールへと向かった。



 いつの間にか、空はすっかり晴れ渡っている。
 あれだけ空を覆いつくしていた雲が、今では数えるほどしか浮かんでいなかった。
 雨の心配もなさそう。

 どういう結果になっても、気持ちを伝えないと。
 私は再び、心の中でそう誓った。
 この気持ちをもう抑えることはできないと、自分でも分かってたから。
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