恋架け橋で約束を
「ありがとう。僕も佐那ちゃんのこと、大好きだよ」
「ええっ?! ほ、ほんとですか?」
「うん、こんな嘘つかないよ」
私は信じられない思いでいっぱいだった。
でも……孝宏君はそんな嘘をつく人じゃないから……本当なのよね……?
孝宏君は少し恥ずかしそうにうつむいている。
「えっと、その……言いにくいんですが……美麗さんのこと、孝宏君は好きなんですよね? ほんとに私でいいんですか?」
気になっていたことを、開き直ってずばり聞いてみた。
孝宏君は、ずっと美麗さんのことが好きだったはず……。
「そのことなんだけど……。何日か前、佐那ちゃんにもたしかにそう話したよね。そのこと自体には、何の嘘偽りもなかったんだ、本当に。僕は九十九さんのことがずっと気になっていて、仲良くなりたいと思っていたから。でもね、佐那ちゃんと知り合って、仲良くなっていくうちに、僕の気持ちが変化してきたんだ……」
孝宏君はうつむき加減のまま、言った。
私は黙って、孝宏君の言葉の続きを待つ。
「最初は、佐那ちゃんのこと『すごく可愛い子だな』とそう思っただけだったけど……佐那ちゃんの記憶探しを手伝ったり、色んな場所へ二人で出かけたりしていくうちに、佐那ちゃんの内面も知っていくことになって……。佐那ちゃんが、僕のくだらない話を真剣に聞いてくれたり、真面目に家事を手伝ってくれたり、そういったことを間近で見ているうちに……僕の中で、どんどん佐那ちゃんの存在が大きくなっていくのを感じたんだ。それと同時に、僕が九十九さんに抱いていた憧れは、恋には変化しなかったことも分かって……。もちろん、九十九さんは綺麗な人だと思うよ。だけど……僕にとっての佐那ちゃんは、『きれいだ』とか『可愛い』とかそれだけの言葉で表せる存在じゃなくて……かけがえのない人なんだって気づいたんだ。だから今日、九十九さんに告白されたんだけど、心苦しいながら、お断りすることにしたんだ」
「ええっ?!」
私が遠くから見てたあのとき、そんなことがあったんだ……。
美麗さんの告白をお断りするほど、私のことを……。
孝宏君の言葉を聞いていて、恥ずかしい気持ちはかなり湧いてきたけど、その何倍もの嬉しさが私の心を埋め尽くしていく。
孝宏君は話を続けた。
「僕も自分の気持ちにはとっくに気づいていたんだけど、佐那ちゃんは今、記憶を失っていて大変だから、僕のほうからは『好き』って言うことはどうしてもできなくて……本当にごめんね。それに、智も佐那ちゃんのことが好きだってことを、智本人から聞いてからは、ますます言いづらくなってしまったんだ。智は僕の大事な友達だし、佐那ちゃんがもし智を好きになるのなら、応援しようとすら思ってて。夏祭りでも、智と佐那ちゃんが上手く行くようにお手伝いしようとしたんだけどね。結局、それはあまり成功してなかったけど。僕だって、佐那ちゃんのこと好きだし、なかなか……。でも、これからは、もうそういうお手伝いをしようという気はないから……。智には申し訳ないけどね」
そこで一呼吸おいて、孝宏君は続けて言ってくれた。
「佐那ちゃん、大好きだよ。佐那ちゃんと出会えて初めて、こんな気持ちがあるって気づくことができたんだ。出会えてよかった……」
星空とホタルの光は、静かに私たちを見守ってくれているみたい。
私は喜びのあまり、言葉を失っていた。
言葉の代わりに、孝宏君の身体にぎゅっと抱きつく。
孝宏君も黙って、私の身体を抱きしめてくれた。
夜になり、夏とは思えないほど涼しくなったおかげで、孝宏君のぬくもりをはっきりと感じることができる。
孝宏君が、私の長い髪をそっと撫でてくれた。
「ありがとう。それ、もっとお願いします」
「了解しました」
冗談めかした調子で言って、優しい笑顔を浮かべながら、私の髪を撫で続けてくれる孝宏君。
私も思わず笑顔になった。
それからは、二人寄り添って座りながら、星やホタル、水面に浮かぶ月などを見て過ごした。
孝宏君は、左手をずっと私の肩に置いてくれている。
私は頭がボーっとしてくるほど、幸せでいっぱいだった。
「あ! 流れ星!」
何気なく空を見上げたら、偶然流れ星を見つけたので、私は指差して叫んだ。
「どこどこ?」
「もう消えちゃいました、残念」
「そっかぁ。何かお願い事したの?」
「そんな時間、ありませんでしたよ。いつもそうなんですけど、流れ星は一瞬で消えちゃうから」
「普通はそうだよね」
笑顔で孝宏君が言う。
「僕の願い事はもう叶ったから、いいかな」
孝宏君はそう言うと、顔を私の顔にゆっくりと近づけてきて……。
目を閉じて、私の唇にキスをしてくれた。
突然だったからびっくり。
でも、すごく嬉しくて、涙がにじんできた。
ぼやけた視界の中、舞いつづけているホタルと、夜空を覆っている星たちがきらめく。
私は黙って孝宏君の肩に頭をもたせかけた。
「さっきのことなんですけど……」
しばらくして、じっと考えていたことを孝宏君に言ってみた。
「さっきのって?」
「孝宏君のお願い事がもう叶ったって言ってましたよね。そのことはすごく嬉しいんですけど、まだお願い事はあるじゃないですか。『私たち二人がずっと一緒に』って。ずっと、いつまでも、一緒ですからね、約束ですよ」
「佐那ちゃんの言うとおりだね。今度、流れ星を見つけたらお願いするよ。うん、約束」
孝宏君は微笑みながら言う。
「あと……恋架け橋でも誓わなくちゃね。あと三日ほどで七夕だし……ちょうど、いいタイミングだ」
孝宏君の言葉に、思わずハッとした。
すぐに七月一日に見た夢が、頭に蘇る。
この不吉な胸騒ぎは何なの……。
せっかく、孝宏君が、恋架け橋の伝説どおりに誓おうって提案してくれているのに。
「どうしたの?」
不意に心配そうな表情になる孝宏君。
心配させたくない私は「何でもないよ」と答えて、続ける。
「恋架け橋で……約束ですよ。幸せすぎて、ちょっとボーっとしちゃってました、ごめんね」
「いいよ、僕も同じ状態だから」
微笑む孝宏君の言葉が、私の不安をかき消してくれる。
私たちが離れ離れになるなんてこと、あり得ない……そう思えた。
「大好き」
私はそうつぶやくと、また孝宏君に寄り添って、心をこめて身体を摺り寄せた。
どれくらい時間が経ったんだろう。
「ほんとはもっとこうしていたいけど、ばあちゃんが心配するから、そろそろ帰ろっか」
孝宏君が言う。
私も孝宏君と同じ気持ちだったけど、仕方ないよね……。
「私も、もっとここにいたいけど……孝宏君は明日も学校なんですよね。……そうですね、帰りましょう」
名残惜しい気持ちを抑えて、答えた。
「大丈夫。またいつでも来ればいいからね。それに、僕たちはこれからずっと一緒だから。僕が学校にいる間も、気持ちだけはずっと一緒だからね」
また感激して、涙が出そうになる私。
「私も同じ気持ち。ずっと一緒ですよ」
「もう敬語、やめようよ。佐那ちゃんのそういうところ、嫌いじゃないんだけど……でもやっぱり、敬語なしで、話しかけてほしいから」
そう言えば、記憶を失くしたことで、他の人から嫌われたくないという思いが強くなりすぎた私は、ついつい誰に対しても、いつも敬語で話していたような気がする。
「うん……分かった」
慎重に言葉を選びながら、私がゆっくり言った。
孝宏君は、また私の髪を撫でてくれた。
「それに、明日は土曜、あさっては日曜だから、一緒にいられる時間も長いよ」
「嬉しい!」
私は嬉しさのあまり、孝宏君に抱きつくと、今度は私のほうからキスをした。
そして、帰ることにした私たちは、お互い懐中電灯を手に、夜の山道を歩いている。
行きとは違い、並んで手をつなぎながら。
孝宏君の手のぬくもりに、安心感を抱きながら、私は歩いていた。
孝宏君は私に歩幅を合わせてくれているみたいで、その優しさに胸がキュッとなる。
大好き……。
「ええっ?! ほ、ほんとですか?」
「うん、こんな嘘つかないよ」
私は信じられない思いでいっぱいだった。
でも……孝宏君はそんな嘘をつく人じゃないから……本当なのよね……?
孝宏君は少し恥ずかしそうにうつむいている。
「えっと、その……言いにくいんですが……美麗さんのこと、孝宏君は好きなんですよね? ほんとに私でいいんですか?」
気になっていたことを、開き直ってずばり聞いてみた。
孝宏君は、ずっと美麗さんのことが好きだったはず……。
「そのことなんだけど……。何日か前、佐那ちゃんにもたしかにそう話したよね。そのこと自体には、何の嘘偽りもなかったんだ、本当に。僕は九十九さんのことがずっと気になっていて、仲良くなりたいと思っていたから。でもね、佐那ちゃんと知り合って、仲良くなっていくうちに、僕の気持ちが変化してきたんだ……」
孝宏君はうつむき加減のまま、言った。
私は黙って、孝宏君の言葉の続きを待つ。
「最初は、佐那ちゃんのこと『すごく可愛い子だな』とそう思っただけだったけど……佐那ちゃんの記憶探しを手伝ったり、色んな場所へ二人で出かけたりしていくうちに、佐那ちゃんの内面も知っていくことになって……。佐那ちゃんが、僕のくだらない話を真剣に聞いてくれたり、真面目に家事を手伝ってくれたり、そういったことを間近で見ているうちに……僕の中で、どんどん佐那ちゃんの存在が大きくなっていくのを感じたんだ。それと同時に、僕が九十九さんに抱いていた憧れは、恋には変化しなかったことも分かって……。もちろん、九十九さんは綺麗な人だと思うよ。だけど……僕にとっての佐那ちゃんは、『きれいだ』とか『可愛い』とかそれだけの言葉で表せる存在じゃなくて……かけがえのない人なんだって気づいたんだ。だから今日、九十九さんに告白されたんだけど、心苦しいながら、お断りすることにしたんだ」
「ええっ?!」
私が遠くから見てたあのとき、そんなことがあったんだ……。
美麗さんの告白をお断りするほど、私のことを……。
孝宏君の言葉を聞いていて、恥ずかしい気持ちはかなり湧いてきたけど、その何倍もの嬉しさが私の心を埋め尽くしていく。
孝宏君は話を続けた。
「僕も自分の気持ちにはとっくに気づいていたんだけど、佐那ちゃんは今、記憶を失っていて大変だから、僕のほうからは『好き』って言うことはどうしてもできなくて……本当にごめんね。それに、智も佐那ちゃんのことが好きだってことを、智本人から聞いてからは、ますます言いづらくなってしまったんだ。智は僕の大事な友達だし、佐那ちゃんがもし智を好きになるのなら、応援しようとすら思ってて。夏祭りでも、智と佐那ちゃんが上手く行くようにお手伝いしようとしたんだけどね。結局、それはあまり成功してなかったけど。僕だって、佐那ちゃんのこと好きだし、なかなか……。でも、これからは、もうそういうお手伝いをしようという気はないから……。智には申し訳ないけどね」
そこで一呼吸おいて、孝宏君は続けて言ってくれた。
「佐那ちゃん、大好きだよ。佐那ちゃんと出会えて初めて、こんな気持ちがあるって気づくことができたんだ。出会えてよかった……」
星空とホタルの光は、静かに私たちを見守ってくれているみたい。
私は喜びのあまり、言葉を失っていた。
言葉の代わりに、孝宏君の身体にぎゅっと抱きつく。
孝宏君も黙って、私の身体を抱きしめてくれた。
夜になり、夏とは思えないほど涼しくなったおかげで、孝宏君のぬくもりをはっきりと感じることができる。
孝宏君が、私の長い髪をそっと撫でてくれた。
「ありがとう。それ、もっとお願いします」
「了解しました」
冗談めかした調子で言って、優しい笑顔を浮かべながら、私の髪を撫で続けてくれる孝宏君。
私も思わず笑顔になった。
それからは、二人寄り添って座りながら、星やホタル、水面に浮かぶ月などを見て過ごした。
孝宏君は、左手をずっと私の肩に置いてくれている。
私は頭がボーっとしてくるほど、幸せでいっぱいだった。
「あ! 流れ星!」
何気なく空を見上げたら、偶然流れ星を見つけたので、私は指差して叫んだ。
「どこどこ?」
「もう消えちゃいました、残念」
「そっかぁ。何かお願い事したの?」
「そんな時間、ありませんでしたよ。いつもそうなんですけど、流れ星は一瞬で消えちゃうから」
「普通はそうだよね」
笑顔で孝宏君が言う。
「僕の願い事はもう叶ったから、いいかな」
孝宏君はそう言うと、顔を私の顔にゆっくりと近づけてきて……。
目を閉じて、私の唇にキスをしてくれた。
突然だったからびっくり。
でも、すごく嬉しくて、涙がにじんできた。
ぼやけた視界の中、舞いつづけているホタルと、夜空を覆っている星たちがきらめく。
私は黙って孝宏君の肩に頭をもたせかけた。
「さっきのことなんですけど……」
しばらくして、じっと考えていたことを孝宏君に言ってみた。
「さっきのって?」
「孝宏君のお願い事がもう叶ったって言ってましたよね。そのことはすごく嬉しいんですけど、まだお願い事はあるじゃないですか。『私たち二人がずっと一緒に』って。ずっと、いつまでも、一緒ですからね、約束ですよ」
「佐那ちゃんの言うとおりだね。今度、流れ星を見つけたらお願いするよ。うん、約束」
孝宏君は微笑みながら言う。
「あと……恋架け橋でも誓わなくちゃね。あと三日ほどで七夕だし……ちょうど、いいタイミングだ」
孝宏君の言葉に、思わずハッとした。
すぐに七月一日に見た夢が、頭に蘇る。
この不吉な胸騒ぎは何なの……。
せっかく、孝宏君が、恋架け橋の伝説どおりに誓おうって提案してくれているのに。
「どうしたの?」
不意に心配そうな表情になる孝宏君。
心配させたくない私は「何でもないよ」と答えて、続ける。
「恋架け橋で……約束ですよ。幸せすぎて、ちょっとボーっとしちゃってました、ごめんね」
「いいよ、僕も同じ状態だから」
微笑む孝宏君の言葉が、私の不安をかき消してくれる。
私たちが離れ離れになるなんてこと、あり得ない……そう思えた。
「大好き」
私はそうつぶやくと、また孝宏君に寄り添って、心をこめて身体を摺り寄せた。
どれくらい時間が経ったんだろう。
「ほんとはもっとこうしていたいけど、ばあちゃんが心配するから、そろそろ帰ろっか」
孝宏君が言う。
私も孝宏君と同じ気持ちだったけど、仕方ないよね……。
「私も、もっとここにいたいけど……孝宏君は明日も学校なんですよね。……そうですね、帰りましょう」
名残惜しい気持ちを抑えて、答えた。
「大丈夫。またいつでも来ればいいからね。それに、僕たちはこれからずっと一緒だから。僕が学校にいる間も、気持ちだけはずっと一緒だからね」
また感激して、涙が出そうになる私。
「私も同じ気持ち。ずっと一緒ですよ」
「もう敬語、やめようよ。佐那ちゃんのそういうところ、嫌いじゃないんだけど……でもやっぱり、敬語なしで、話しかけてほしいから」
そう言えば、記憶を失くしたことで、他の人から嫌われたくないという思いが強くなりすぎた私は、ついつい誰に対しても、いつも敬語で話していたような気がする。
「うん……分かった」
慎重に言葉を選びながら、私がゆっくり言った。
孝宏君は、また私の髪を撫でてくれた。
「それに、明日は土曜、あさっては日曜だから、一緒にいられる時間も長いよ」
「嬉しい!」
私は嬉しさのあまり、孝宏君に抱きつくと、今度は私のほうからキスをした。
そして、帰ることにした私たちは、お互い懐中電灯を手に、夜の山道を歩いている。
行きとは違い、並んで手をつなぎながら。
孝宏君の手のぬくもりに、安心感を抱きながら、私は歩いていた。
孝宏君は私に歩幅を合わせてくれているみたいで、その優しさに胸がキュッとなる。
大好き……。