恋架け橋で約束を
 しかし、次の瞬間、聞きなれた声がして、私は安堵のため息を漏らす。
「佐那ちゃん、ごめん。僕だよ」
「孝宏君? どうぞ。入ってきて」
 どうしたんだろう……。

 パジャマ姿の孝宏君は静かに部屋へと入ってきてくれた。
 私は急いで電気をつける。
「ごめんね、突然。その……理由を説明しにくいんだけど……なんだか急に佐那ちゃんが心配になって。どうしてそんな気持ちになったのかは、僕自身、分かってないんだ。訳分かんないよね、ごめんね」
 まさか……私が心の中で叫んだのが、何らかの形で伝わったのかな……。
 私は正直に言った。
「ううん、えっと……その……実は、さっきからずっと、不安で心配で……全然寝付けなかったの」
 そして、その理由についても、洗いざらい話すことにした。
 頭がおかしくなったんじゃないかって思われるかもと不安で、ずっと黙っていたんだけど……孝宏君なら、信じてくれるかもしれないと思って。



「そうだったんだね。話してくれてありがとう。大丈夫だよ、安心して。僕はずっと佐那ちゃんのそばにいるから。何があっても」
「ありがとう……」
 また涙があふれてきた。
「だから、泣かないで。大丈夫だからね。安心して」
 そっと近づいて、私を抱きしめてくれると、頭を撫で始めてくれた。
 それだけで……。
 不安が少し消えた気がする。
 私は思い切って言ってみた。
「あの……。お願いがあって……。こんなこと言うと軽蔑されると思うんだけど……」
「佐那ちゃんを軽蔑するなんて、僕にはあり得ないよ。何でも言ってごらん」
「ありがとう……。その……。今日だけでいいから、そこのベッドで一緒に寝てくれないかな……?」
「えっ?!」
 驚いた様子の孝宏君。
 そりゃ、そうだよね……。
 誤解を解くため、急いでしっかり説明する。
「あ、えっと……ただ、横で寝てくれるだけでいいの。そばにいてくれるだけで……。不安で胸が苦しくて、一人だと全然眠れないから……。お願い……」
「いいよ」
「えっ」
 今度は私が少しびっくり。
 すぐにオッケーしてもらえると思ってなくて。
「あの……はしたない女だと思わないでね。ほんとに、そばにいてほしいってこと、ただその気持ちだけだから……」
「佐那ちゃんのこと、そんな風に思うわけないよ。だから、心配しないで……ね」
 孝宏君は、穏やかで温かい表情でそう言ってくれた。
「じゃあ、ちょっとじっとしててね」
 孝宏君はそう言うと……私の足に片手を回して、持ち上げてくれた……!
 驚きが大きすぎて、声も出ない私。
 これって何ていうんだっけ、その……抱っこというか……。
「お姫様抱っこ、してみたかったんだ」
 そう、それだ……。
 知らないうちに、私の不安は消えており……喜びと、少しの恥ずかしさで私の心はいっぱいだった。
「恥ずかしいけど、嬉しい」
「誰にも見られてないから、恥ずかしがることないのに」
 孝宏君は楽しそうに笑うと、そのままベッドまで移動して、私を降ろしてくれた。
 そして自らもベッドに入ってくれる孝宏君。
 私の心臓は、早鐘のように打っていた。
 これから、孝宏君に……添い寝してもらえるんだ……。
 
「それじゃ、電気を消すね。おやすみ、佐那ちゃん」
「孝宏君、おやすみ。……ありがとう」
「いえいえ」
 私はさすがに恥ずかしいので、孝宏君の反対側を向いて、横向きに寝そべる。
 孝宏君はこっち向きで寝てくれるのかな。

 すぐまた不安な気持ちが湧いてきたけど、まるでそれに気づいているかのように、優しく髪を撫でてくれる孝宏君。
「嬉しいんだけど、くすぐったくて寝られないよ~」
 私は笑いながら言った。
「じゃあ、こうするね」
 私の身体に、腕を上から回して、抱き寄せてくれた。
「これならいいでしょ?」
「うん……。すごく安心する……。ねぇ、朝、起きたら一緒に私も起こしてね。もし、私が起きたときに、隣に孝宏君がいないと、ものすごく心配になっちゃうから……」
「分かったよ。すぐ起こすから。心配しないでね、僕はどこへも行かないから、大丈夫」
「うん……ありがとう……」
 孝宏君は、私の身体に回した腕をグッと自分のほうへ引き寄せてくれる。
 すると、私の背中に、孝宏君の温かい身体が密着するのを感じた。
 ドキドキして、嬉しくて……身体が熱くなる。
 胸もキュッと苦しくなったけど……決してそれは嫌な感覚じゃなくて……。
 苦しいのに、嬉しい……。
 説明するのが難しい感覚……。
 背中に孝宏君のぬくもりを感じながら、すっかり安心した私はいつしか眠っていた。



 でも、その晩の夢も、決して楽しいものではなかった。
 孝宏君とはぐれてしまったのか、一人で山道を駆け下りていく私。
 孝宏君の名前を懸命に呼び続けながら。
 しかし、孝宏君の姿はどこにも見当たらなくて……。
 私は寒蝉神社の前で、くずおれてしまった。
 かすれた泣き声で、孝宏君の名前を呼びながら……。
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