恋架け橋で約束を
智君とのひととき
その後、洗濯のお手伝いをしているとき、不意に玄関のベルが鳴って、おばあさんと共に少しびっくりした。
「こんな時間に誰だろうねぇ。また訪問販売だろうけど」
おばあさんはそう言うと、応対に出ていった。
「佐那ちゃん、お客さんだよ」
「え?!」
玄関のほうから響くおばあさんの言葉に、私は心底驚いた。
おばあさんによると、まだ警察からの連絡もないっていうことだし、私に用事のあるお客さんなんて、存在しないはず。
一体、誰なんだろう……。
私は慌てて玄関に向かった。
「佐那ちゃん、おはよう!」
そこにいたのは制服姿の智君だった。
「あれ? 智君、学校は?」
「これから行くけど、ちょっと挨拶に寄ったわけ。どう? 時間あるなら、散歩にでも」
のん気そうな様子で智君が言う。
学校、間に合うのかな。
「家事ならあらかた一段落したから、行ってきたら? 佐那ちゃんもお若いんだから、家にこもりっきりではつまらないだろうし、それに一人で出歩くのも危ないからね」
おばあさんが後ろから私に向かって言ってくれた。
「それなら好都合じゃん。さぁ、行こう!」
「えっと……でも……」
「俺と一緒は嫌?」
悲しそうにうつむく智君。
ううう……断りづらい。
「あ、えっと……それじゃ、少しだけ……」
押し切られるような形で、私は答えた。
「そう来なくっちゃ!」
智君の表情が一瞬で明るくなった。
「じゃあ、えっと……行ってきますね」
「はい、行ってらっしゃい。気をつけていってくるのよ。お昼、用意しておくからね、それまでには戻ってきてね。御木本君、佐那ちゃんをよろしくね」
おばあさんが笑顔で見送ってくれた。
「もちろんですよ! お任せください! では、いってきます!」
智君は、胸を張る。
私も、おばあさんに挨拶をしてから、智君に続いて家を出た。
「散歩って、学校までですか?」
「ううん、ちょっと思うところがあってね。佐那ちゃんは記憶を失くして大変でしょ。だから力になりたいわけ」
「お気持ちは嬉しいですけど……今から行って、学校に間に合いますか?」
「間に合うも合わないも、今日は休むから」
え?
それって、さぼるってことかな。
「でも、そんなのダメですよ。申し訳ないです……私のために、お休みすることになるなんて。私は、智君に学校に行ってもらったほうが嬉しいですよ。記憶探しをお手伝いしていただけるのは本当にすごく嬉しいですけど、学校が終わってからでかまいませんので」
「いや、それだと時間が少ないじゃん。こう見えて、俺、学校の成績いいんだから。一日ぐらいどうってことないって。それに、今すぐ調べたいところもあってね。佐那ちゃんの記憶を早く取り戻してあげたいんだ」
智君は力強く言う。
その気持ちは素直に嬉しかった。
でも……。
智君が学校をさぼるなんて……。
「でも、ほんとに……」
「頼むから……。今日だけ……ね?」
拝むように手を合わせ、私に頭を下げる智君。
すごく、すごく、断りづらい……。
「……ありがとう。でも、約束してください。午後からはちゃんと学校に行くって。私のせいで、智君がお休みすることが、本当につらくて」
「うん、分かった。約束する!」
智君は右手を私の前に突き出した。
小指を立てているので、どうやら「指きり」をするつもりのようだ。
「指きりげんまん、ウソついたら針千本のーます、指きった! よし、これでいいでしょ?」
智君は意気揚々と言った。
「うん……それなら……」
「それじゃ、行こう!」
元気よく言う智君のあとに、私はついていった。
智君が連れてきてくれたのはカラオケボックスだった。
「ほら、好きだった曲を聴くと、記憶が蘇るとか……ありそうじゃん?」
「なるほど」
そう言われてみると、そんな気がした。
智君が受付を済ませてくれて、私たちは部屋へと入った。
「何か覚えてる曲ある?」
席に着いたあと、智君が言った。
私は本をぱらぱらめくったけど、何一つ知っている曲がないことに気づいた。
「どうしよう。知らない曲ばっかりです。知らないのか、覚えていないのか、それすらも分かりません」
「それじゃ、俺が何曲か出だしだけ歌ってみるから、聞き覚えがあったら言ってね」
そう言うと、智君はリモコンを操作したあと、マイクを握って歌い始めた。
何曲か歌ってもらったけど、どれ一つとして記憶にあるものはなかった。
しかし、それにしても、智君は歌がうまい。
曲のことを全く知らない私が聴いても分かるくらいうまい。
「せっかく歌ってくれたのに、ごめんね……。どれも記憶にないみたい。だけど、智君って、歌がうまいね」
「ありがとう! 喜んでもらえてよかったよ! でも……そっかぁ、童謡とか唱歌とかもダメかぁ。それじゃ、もうすぐ時間だし、ここはもう出よっか」
「何だか……ごめんね」
「佐那ちゃんが謝る必要ないって! 俺が勝手に連れてきただけだし」
優しく言ってくれる智君。
そして私たちはカラオケボックスを後にした。
「こんな時間に誰だろうねぇ。また訪問販売だろうけど」
おばあさんはそう言うと、応対に出ていった。
「佐那ちゃん、お客さんだよ」
「え?!」
玄関のほうから響くおばあさんの言葉に、私は心底驚いた。
おばあさんによると、まだ警察からの連絡もないっていうことだし、私に用事のあるお客さんなんて、存在しないはず。
一体、誰なんだろう……。
私は慌てて玄関に向かった。
「佐那ちゃん、おはよう!」
そこにいたのは制服姿の智君だった。
「あれ? 智君、学校は?」
「これから行くけど、ちょっと挨拶に寄ったわけ。どう? 時間あるなら、散歩にでも」
のん気そうな様子で智君が言う。
学校、間に合うのかな。
「家事ならあらかた一段落したから、行ってきたら? 佐那ちゃんもお若いんだから、家にこもりっきりではつまらないだろうし、それに一人で出歩くのも危ないからね」
おばあさんが後ろから私に向かって言ってくれた。
「それなら好都合じゃん。さぁ、行こう!」
「えっと……でも……」
「俺と一緒は嫌?」
悲しそうにうつむく智君。
ううう……断りづらい。
「あ、えっと……それじゃ、少しだけ……」
押し切られるような形で、私は答えた。
「そう来なくっちゃ!」
智君の表情が一瞬で明るくなった。
「じゃあ、えっと……行ってきますね」
「はい、行ってらっしゃい。気をつけていってくるのよ。お昼、用意しておくからね、それまでには戻ってきてね。御木本君、佐那ちゃんをよろしくね」
おばあさんが笑顔で見送ってくれた。
「もちろんですよ! お任せください! では、いってきます!」
智君は、胸を張る。
私も、おばあさんに挨拶をしてから、智君に続いて家を出た。
「散歩って、学校までですか?」
「ううん、ちょっと思うところがあってね。佐那ちゃんは記憶を失くして大変でしょ。だから力になりたいわけ」
「お気持ちは嬉しいですけど……今から行って、学校に間に合いますか?」
「間に合うも合わないも、今日は休むから」
え?
それって、さぼるってことかな。
「でも、そんなのダメですよ。申し訳ないです……私のために、お休みすることになるなんて。私は、智君に学校に行ってもらったほうが嬉しいですよ。記憶探しをお手伝いしていただけるのは本当にすごく嬉しいですけど、学校が終わってからでかまいませんので」
「いや、それだと時間が少ないじゃん。こう見えて、俺、学校の成績いいんだから。一日ぐらいどうってことないって。それに、今すぐ調べたいところもあってね。佐那ちゃんの記憶を早く取り戻してあげたいんだ」
智君は力強く言う。
その気持ちは素直に嬉しかった。
でも……。
智君が学校をさぼるなんて……。
「でも、ほんとに……」
「頼むから……。今日だけ……ね?」
拝むように手を合わせ、私に頭を下げる智君。
すごく、すごく、断りづらい……。
「……ありがとう。でも、約束してください。午後からはちゃんと学校に行くって。私のせいで、智君がお休みすることが、本当につらくて」
「うん、分かった。約束する!」
智君は右手を私の前に突き出した。
小指を立てているので、どうやら「指きり」をするつもりのようだ。
「指きりげんまん、ウソついたら針千本のーます、指きった! よし、これでいいでしょ?」
智君は意気揚々と言った。
「うん……それなら……」
「それじゃ、行こう!」
元気よく言う智君のあとに、私はついていった。
智君が連れてきてくれたのはカラオケボックスだった。
「ほら、好きだった曲を聴くと、記憶が蘇るとか……ありそうじゃん?」
「なるほど」
そう言われてみると、そんな気がした。
智君が受付を済ませてくれて、私たちは部屋へと入った。
「何か覚えてる曲ある?」
席に着いたあと、智君が言った。
私は本をぱらぱらめくったけど、何一つ知っている曲がないことに気づいた。
「どうしよう。知らない曲ばっかりです。知らないのか、覚えていないのか、それすらも分かりません」
「それじゃ、俺が何曲か出だしだけ歌ってみるから、聞き覚えがあったら言ってね」
そう言うと、智君はリモコンを操作したあと、マイクを握って歌い始めた。
何曲か歌ってもらったけど、どれ一つとして記憶にあるものはなかった。
しかし、それにしても、智君は歌がうまい。
曲のことを全く知らない私が聴いても分かるくらいうまい。
「せっかく歌ってくれたのに、ごめんね……。どれも記憶にないみたい。だけど、智君って、歌がうまいね」
「ありがとう! 喜んでもらえてよかったよ! でも……そっかぁ、童謡とか唱歌とかもダメかぁ。それじゃ、もうすぐ時間だし、ここはもう出よっか」
「何だか……ごめんね」
「佐那ちゃんが謝る必要ないって! 俺が勝手に連れてきただけだし」
優しく言ってくれる智君。
そして私たちはカラオケボックスを後にした。