恋通勤
第1話

 通勤手段として車を使っている人のほとんどは日々同じ経路を通っており、その時間をいかに楽しんだり暇つぶししたりするかが命題だったりする。メジャーな過ごし方としては、音楽を聴く、併せて歌を歌う。また、ナビの発達によりナビ画面でテレビ番組を視聴するというのも増えている。
 そして、そんな中には運転しながら朝食を取ったり、髭を剃ったり化粧をする人もいる。達人ともなると漫画を読みながらや、携帯ゲーム機でゲームをしながら運転をする人もいる。もちろんこれらは危険な行為でマナー違反も甚だしい。
 一ノ瀬祥子(いちのせしょうこ)もこの中においてはメジャー派に属しており、毎朝加藤ミリヤのアルバムを書き流しながら通勤するのが通例となっていた。
 勤め先である病院までは自宅から車でおよそ一時間。毎日同じ経路を同じような時間帯に通ることにより、必然的に目に留まる店や車があったりする。新装開店しそうな店は気になるし、自分と同じ車種の車を見るとつい目で追ってしまう。他にも、美味しそう飲食店や行列の出来ているような店、窓から顔を出しているペット等も気に留める。そしてそれとは別に、通勤途中祥子がもう一つ気に留めてしまう点がある。気になるきっかけは遥か半年前に遡る――――

――半年前、いつもと変わらぬ通勤中の道路で、祥子は心痛めるシーンに出くわす。走っていると月に一回程度見てしまう光景だが、車に轢かれた野良犬が対向車線に倒れている。片側一車線の長い信号待ちということで、否が応にもその姿が目に入り悲しい気持ちになる。しかも、今見ているこの光景は祥子の気持ちをさらに追い撃ちかける程酷い。その横たわる犬に、その子と思われる子犬がうろうろと寄り添っているのだ。
(こんな光景、朝一からキツ過ぎるよ……)
 胸が苦しくなるのを感じながらも、祥子はその子犬から目が放せない。対向車は死体と子犬を轢かないよう減速しつつ、上手く避けて通り過ぎていく。祥子の中では、とにかく今この目の前でさらに子犬が轢かないことを祈るしかない。
 信号待ちをしながら祈るように子犬を見ていると、その手前で対向車がハザードランプを点けて止まる。見るとカラーは違うものの自分と同じラパンだ。じっと見ていると、背格好からして二十代くらいのサラリーマンが降り淀みなく遺体と子犬に近づくと、二体とも助手席に乗せ何事も無かったかのように走り去って行く。
 予想もしていなかった展開に祥子は一瞬目を見張るが、その男性の行いが心温かいものだという実感が沸き、優しく嬉しい気持ちが溢れてくる。信号が変わり発進中のすれ違いでしっかり顔を確認できなかったものの、同じくらいの歳でためらいもなく行動できる心根に、祥子は惚れ惚れする。
(いるんだ。あんな人……)
 さっきまであった悲しい気持ちが変化し、祥子は温かい気持ちのまま車を走らせた。病院に着くと更衣室で制服に着替えながら、同僚の彩(あや)に早速今朝の話をする。
「その男の人もだぶん通勤中だったんでしょ? その後どうしたんだろうね?」
「ああ~、うん、そう考えるとどうなんだろうか?」
「行動がカッコイイっていうのは認めるけど、もしその人が私の彼だったらとか考えると、ちょっと微妙かな。いい人なのは間違いないだろうけどね」
(遠回しだけど、自分がいつも乗るであろう助手席に、犬の死体を平気で乗せられる点が嫌なんだろうな。私は嫌じゃないけど……)――――

――現在、半年前のことを振り返りながら祥子は運転する。あの日以降、当該色違いのラパンを見ることはなく今日まで来ており、事件当初は気にして運転していたが半年も経つと流石に記憶も薄くなる。
(今思うと本当にラパンだったのかも怪しくなってきた。というか仮に見掛けたとして、私自身どうしたいとかもないのよね……)
 最近購入したJUJUのアルバムを聴きつつ、先頭で信号待ちをしていると同じく信号待ちの対向車に目がいく。
(えっ、あれってもしかして……)
 自分の乗っているラパンと色の違う黒いラパンに祥子は目を見張る。記憶が定かではないが、雰囲気はあのときの男性にどこか似ている。
(あまり凝視するのも失礼だけど、どうしても気になる……)
 相手は祥子の視線に気付いていないようで、正面をじっと見ている。
(二十代後半から三十代前半ってところかな? スーツ着てるしやっぱりサラリーマンかも)
 見つめながら考えていると信号が変わり、相手が自分の真横を通過して行く。その横顔をしっかり記憶するかのように祥子は凝視する。相手は終始気付いていないようで、こちらを見ることもなく通過して行く。
(確証はないけど、子犬を助けたのは多分さっきの人だ)
 祥子は胸の高鳴りが大きくなるのを感じながら、いつもの道を走らせた。

< 1 / 13 >

この作品をシェア

pagetop