恋通勤
第11話
話の流れで鉄平と桃花の住むマンションに着くと、祥子はドキドキする。桃花がいるとは言え、男の住む部屋に入るのは勇気がいる。はしゃぐ桃花に手を引かれリビングに入ると、綺麗に整理整頓された可愛い部屋が現れる。桃花の趣味に合わせているのは理解できるが、あまりの女子力の高さに辟易する。
(これ、嫁さん要らないだろ。鉄平一人で二役余裕だし……)
散らかっている自室との差に絶望しつつソファーに座ると、桃花が膝の上に乗り甘えてくる。
「祥子ちゃん。おままごとしよ~」
「いいね~、しようしよう」
おままごとセットを押し入れから出してくると、桃花はケーキ屋さんになりきって祥子を接客する。鉄平はそれを横目に晩御飯を作り始めている。
(普通、私が料理作って鉄平が子供の相手するんだろうけど、なんだかな~)
桃花とおままごとやお人形遊びをしていると、ご飯のお呼びが掛かる。手を繋いでキッチンに行くと、シチューが出来上がり配膳も全て済ませてある。
(こんな短時間でシチュー作るとかマジシャンかコイツ!)
内心ツッコミながら大人しく座ると、一緒に『いただきます』を言って食べ始める。予想は出来ていたが、自分の作るシチューより断然美味しい。
(なんでだ! なんでコイツは美味しいシチューを作れる! これじゃ私の入り込む隙がないじゃない!)
正面に座る鉄平を睨みながら祥子は食を進める。その視線に気がついたのか鉄平は訝しげに聞いてくる。
「もしかして口に合わなかったか?」
「いいえ、大変美味しゅうございます」
「じゃあ、なんでさっきから俺睨んでるんだよ」
「別に」
「訳わからん」
突然不機嫌になった祥子に首を傾げながら鉄平もシチューを食べる。夕食を食べ終え一段落すると、祥子は帰り支度を始める。もちろん桃花は強烈な意志を以って引き止めにかかる。
「桃、今日は祥子ちゃんと一緒に寝る!」
「桃花、祥子ちゃんは明日も仕事なんだよ。困らせるな」
「嫌、私祥子ちゃんと居たい!」
「いや、だからな……」
二人のやり取りを見て祥子も心苦しくなる。
(私的に泊まりたい気持ちはあるけど、変えの下着もないし、化粧道具もない。明日の出勤に支障が出ちゃう……)
現実的な考えが浮かぶも、半泣きの桃花を見て祥子はいたたまれない気持ちになる。
(ダメだ。現状どうしようもない。諦めてもらうしかない)
桃花の前にしゃがむと、祥子は頭を優しく撫でながら語る。
「今度、必ず泊まりに来る。だから今日は我慢して。約束するから」
祥子に優しく諭されると桃花も黙って頷く。駅まで送ろうとする申し出を断り、寂しくも恨めしげな桃花の視線を受けてマンションを後にする。最寄り駅へトボトボ歩きながら祥子は泊まることへの想像を巡らす。
(ああ、泊まりたかったな。いろいろと進展しそうな雰囲気だったし。明日の通勤はこの最寄り駅からで問題ないよね。帰りも自宅付近の駅で降りれば帰れない距離ではないし。ただ、問題は化粧と洗面道具一式、下着とストッキングと寝巻。通勤にこの私服はちょっとラフ過ぎるけど、行けばどのみち制服に着替えるしあんまり問題はない。やはり身嗜み関連がネックか……)
駅へと続く沿道を歩いていると、祥子もよく利用するファッションセンターしまむらとコンビニが目に入る。
(しまむ~、か……)
時計に目をやると八時半を指している。
(仕方ない! イオンでの買い物もあって散財半端ないけど、今日という日は二度と来ないもんね!)
覚悟を決めると祥子は足早にしまむらへと突撃した――――
――三十分後、マンションに急いで引き返すと、驚いた顔をした鉄平が出迎える。
「ど、どうしたんだよ?」
「お泊り道具一式買ってきた。今日泊めて」
肩で息をしながら語る祥子を見て、鉄平は唖然とした表情で見つめる。一方、祥子の姿を確認した桃花は喜色満面と言った感じで祥子に抱き着いていた。