恋通勤
最終話
鉄平との行為が落ち着き、シャワーを浴びながら祥子は一人で想いを馳せる。
(とうとう鉄平と恋人同士か。悪くない関係だ。優しいし家事パーフェクトだし桃花ちゃんは可愛いし、言うことがない。ただ、桃花ちゃんが私と鉄平の仲を認めてくれるかが問題かな。鉄平にべったりだし)
一抹の不安を抱きながらバスルームを後にしリビングに向かう。ソファーでは鉄平が水を飲んでいる。
「お待たせ、鉄平」
隣に座ると身体を引き寄せられ強引に唇を奪われる。少し驚くが祥子も素直に受け入れる。
(コイツ、わりと男らしいな。私もこういうのは好きだから嬉しいけど……)
長い口づけを終えると、おでこをくっつけたまま近距離で鉄平が見つめてくる。
「好きだよ、祥子」
(ストレートに言われると結構心に来るな……)
「私も好きよ、鉄平」
「ありがとう」
笑顔で抱きしめられ祥子も笑顔が零れる。壁に掛かる時計に目をやると一時を指している。
「鉄平、そろそろ寝ないと明日厳しいよ?」
「そうだな。もちろん一緒の布団で寝るだろ?」
「寝るスペースが狭くなると思うけど、鉄平が大丈夫なら私はいいよ」
「大丈夫、抱きしめて寝るから」
「了解」
笑顔で軽くキスを交わすと手を繋いで寝室に入る。ぐっすり眠る桃花を確認すると二人は並んで布団に入る。
約束通り鉄平は腕枕を差し出してきて、祥子は嬉しそうに温かい懐に入る。
「鉄平の身体、温かい。すぐ眠れそう」
「それは良かった」
腕枕され優しく頭を撫でられる祥子は幸せな気持ちに包まれる。
(私、今凄い幸せだ。この人を好きになって本当に良かった……)
鉄平を見つめると、笑顔で見つめ返してくる。その優しい笑顔に祥子はドキドキする。
「あの、鉄平?」
「なに?」
「私のどこが好き?」
「優しいところかな。後、全部」
(なんだよ全部って。嬉し過ぎる)
「祥子は俺のどこが好き?」
「ん~、全部」
「一緒じゃん」
「だね」
笑い合って祥子の心は熱くなる。
「なんかもう子犬の男性のこと吹っ飛んじゃったよ」
「子犬?」
「うん、ほらさっき話した、半年以上前に見かけたカッコイイ人」
「助けたのは子供じゃないの?」
「うん、子供じゃなくて子犬。道路で轢かれた野良犬とその子犬を助けてたの」
「そっか……、いいヤツだなそいつ」
「うん、でもそれ以上にいい男を見つけたからもう忘れられそう」
祥子の言葉に鉄平は少し照れている。
「ねぇ、鉄平?」
「ん?」
「まだ恋人になって二時間くらいだけど、私、貴方のこと愛してます。桃花ちゃんのことも同じくらいに」
「そっか。じゃあ俺もこれから祥子のことを大事にして愛し続けるよ。桃花と同じくらいに」
再び唇を重ねると祥子はそのまま目を閉じる。今までに感じたことのない幸せに包まれ、まどろみに落ちて行った――――
――数日後の日曜日、三人で遊園地に行く約束を交わし当日を迎える。目いっぱいオシャレをし祥子は待ち合わせの公園前に立つ。
(恋人同士になってからの初めてのデート。楽しい妄想しか浮かばない)
これから起こることを想像しニコニコしていると、車窓から手を振りながら祥子の名前を呼ぶ桃花が見える。その元気な声で微笑ましい気持ちになると同時に、目の前に止まる黒色のラパンを見て一瞬ドキッとする。後部座席に乗り込むと二人からの挨拶も程々に車の話をふる。
「鉄平さんの車ってラパンだったのね?」
「ああ、言ったことなかったっけ?」
「うん、初めて聞く。ちなみに私の車もラパン」
「車まで一緒とは俺達相性いいね~」
「だね」
少しいちゃついた雰囲気を察して助手席から桃花が割り込んでくる。
「祥子ちゃん! パパは私のモノでもあるんだから取らないでよ?」
「あっ、ごめんなさい。気をつけま~す」
苦笑する祥子を見て桃花は少し不機嫌になる。鉄平と祥子の距離間が縮まり、恋人同士になっていることを子供ながらに察知しているのだ。
機嫌の悪い桃花も遊園地に到着すると一変し、祥子とも仲良く手を繋いではしゃいでいる。その様子に鉄平もホッと胸を撫で下ろす。恋人が出来たことにより桃花が傷つかないか心配でハラハラする毎日を送っており、今の状況には一安心せざるを得ない。メリーゴーランドに乗って手を振る桃花を祥子と鉄平は冊の外から並んで見守る。
「桃花ちゃん、凄く楽しそうね」
「ああ、内心ホッとしてるよ。祥子に嫉妬してグレやしないかって心配してたから」
「鉄平さん、それを世間では親バカというのよ?」
「ははっ、親バカで結構だよ」
苦笑する鉄平を祥子は笑顔で見つめる。付き合いを決めた翌日から、祥子は鉄平を男として立てるように振る舞う。態度のみならず言葉遣いも含め、桃花が愛してやまない鉄平をバカにするような事は口が裂けても言えない。自分自身のためだけではなく、鉄平ひいては桃花との関係をより良いものにするためにも、女子力のアップが祥子の命題となっていた。
遊園地からの帰り、後部座席で寝息を立てる桃花を助手席から微笑み見つめる。元気に走り回ったせいか全く起きる気配がない。その姿を見て鉄平が話し掛けてくる。
「今日はありがとな。桃花、心底楽しんでた」
「いいえ、私も楽しかったから感謝してます」
頭を下げる祥子を見て鉄平は居心地悪そうに頭をかく。
「なんか、こそばゆいな。祥子がおしとやかだと」
「嫌なら止めますけど?」
「嫌じゃないけど、無理させてたら申し訳ないなって思う。我慢して言いたいことを言えないんじゃ、ストレス溜まるだろうし」
鉄平の気遣いを感じて祥子は笑顔になる。
「私、好きな人には尽くすタイプなんで、全然嫌じゃないです。鉄平さんには私をもっともっと好きになって貰いたいし」
「大丈夫。今でも十分好きだよ、祥子」
「ありがとう、鉄平さん」
鉄平の言葉に祥子の心は終始ポカポカしっぱなしになる。
(私がこんな気持ちになるなんて。付き合う相手によって自分が変わるってホントだな……)
嬉しい気持ちを噛み締めながら、マンションへの帰り道を眺める。夕日が綺麗に空を彩り、まるで自分自身の心のようだと感じる。そんな流れ行く道を見ていると、ふと思い出す。
「鉄平さん、子犬の話は覚えてる?」
「もちろん」
「あの話の道路、今さっき通り過ぎた場所だったの」
「そう」
「うん、思い出しちゃった」
「今でもそいつのこと好きだったりする?」
「まさか。私は鉄平さん一筋です」
「ありがとう。まあ、でも同じ意味なんだけどな」
「えっ?」
「子犬助けたの俺だよ」
(嘘!?)
「名前はキリタニ。名付け親は桃花」
突然の告白に祥子は言葉を失う。
「子犬の話を聞いたとき、もしかして俺かなって思ったけど確証なかったから言わなかったんだ。でも、さっきの道でって聞いて確信した。隠してた訳じゃないから勘違いしないでくれよ?」
「えっ、でも、鉄平さん電車通勤だし、病院とは反対車線だったよ?」
「Uターンして拾ったんだよ。可哀相だったからな。それと当時はまだ桃花と暮らしてなかったから車通勤だったんだ。今は保育園の関係で電車通勤だけど」
(私の選んだ相手は間違ってなかったんだ……)
鉄平の告白を受けて祥子はボロボロ涙をこぼす。突然の涙に当然鉄平はオロオロする。
「ご、ごめん、ショックだった?」
「いいえ、これは嬉し涙。私、本当に幸せ者だ。ありがとう、鉄平さん。私、ずっと貴方に着いていきます」
「う、うん。こちらこそ宜しく」
緊張しながら答える鉄平を涙を拭きながら笑顔で見つめる。そこへ勘違いした桃花が割り込んでくる。
「ああ~、パパいけないんだ。祥子ちゃん泣かしてる~」
「えっ! いや、これは違うって」
「女の子を泣かす男の子は最低なんだよ~」
「だ、だからこれは……」
背中越しに焦りながら釈明する姿を見て、祥子は微笑ましい気持ちになる。通勤に使っているこのいつもの道は、祥子にとってかけがえのないものを与え、これからの未来を明るく導くかのように夕日が鮮やかに照らしていた。
(了)