恋通勤
第2話
洗面を済ませ朝食を取り終えると、祥子はいつもより早めに身支度をする。昨日と同じ時刻、同じ場所で擦れ違える可能性を想像し、時間調整が確実に出来るようにとの考えだ。しかし実際のところ、昨日は何かの偶然に通っただけで、今朝再び通る可能性は低い。ここ半年見ることが無かったのに時間が同じというだけでまた見かけるなど、都合の良いことが起きるとは自身も思っていない。
少しの期待感と緊張感を抱きつつ車に乗り込むと、いつものように車を発進させる。コンポの時計で時間を確認しながら見慣れた通勤路を走るが、いつもと違った心持ちなためか、少し違った町並みに見える。
(我ながら何を期待してるんだか……)
らしくない自分の行動に苦笑しながらハンドルを握り、昨日見掛けた交差点に差し掛かるもラパンは見当たらない。
(そりゃそうだよね~)
諦めの気持ちでしばらく走らせていると、擦れ違う対向車に黒色のラパンを見つける。
(いた! やっぱりこの時間に走ってるんだ)
擦れ違う数秒のさなか、祥子はじっと見つめるが、相手は相変わらず真っ直ぐ前を見つめ運転している。
(今日も見れた。なんかちょっと嬉しいかも)
温かい気持ちになりつつ、祥子は笑顔で職場へと走らせた――――
――夕方、残業によりいつもより一時間遅く職場を出ることになり、祥子は少しイライラしている。自分自身のミスで帰りが遅くなるのは納得もできるが、上司の愚痴聞きで遅くなるなんて論外だ。
「なんで私がアンタの家庭の愚痴聞かなきゃなんないのよ。ホント腹立つわ。今日は見たい歌手がテレビに出るっていうのに!」
ぶつぶつ独り言を呟きながら信号待ちをしていると、同じ信号待ちをしている対向車がラパンだと気がつく。
(もしかして……)
夕闇に包まれすぐには気付けなかったが、間違いなくあの黒のラパンだ。
(うわ~、朝と晩二回見れた。てか、この人この時間に帰宅してるんだ……)
チラっと時計を見て確認すると、再び相手の運転席を見つめる。相手は朝と同様じっと前だけを見ている。
(こっち見てくれないかな)
信号が赤から青に変わり、真横を擦れ違うギリギリまで見つめるも、結局最後までこちらを見ることなく走り去って行く。
(未だ気付いてくれないけど、一日に二回見れただけでもラッキーかな。これは空気読めない上司にちょっと感謝かも)
愚痴聞きのお陰で出会えたことに、先の怒りが自然と感謝に変わる。明日から帰宅を一時間きっかり遅らそうかと考えてしまい、祥子は一人苦笑した。
二週間後、自身が休みである土日を除き、相手の通勤・帰宅時間が概ね理解でき、祥子はそれに合わせるように車を走らせている。必ず擦れ違えているという訳でもないが、今の時間帯に見かける可能性が一番高いのは間違いない。時間でいうと信号待ちなら一分程度と長いが、擦れ違いはせいぜい二秒なので少し物足りない。しかしながら、一秒でも見れたか見れないかで一日のテンションも変わり、今や通勤時のちょっとした楽しみになっていた。ただ、帰宅時間を一時間遅らせてまで見れなかったときは、正直虚しい気持ちになる。
いつものよう定時に身支度を済ませ車を発進させると、自然と時計に目を向ける。早過ぎても遅すぎても見ることが出来ない現状、定刻通りに所定の位置を通過するのが大前提となっていた。
(今日は会えるかな~)
期待と不安を抱きながら運転していると、対向車に見慣れたラパンがやってくる。
(やった、今日も会えた)
嬉しそうな顔で視線を向け擦れ違う間際、一瞬相手が視線を向けたように感じる。
(嘘、まさかこっち見た? 気のせい?)
ずっと一方通行だった視線が初めて交差したと感じ、祥子の胸は熱くなっていた。