恋通勤
第4話
長い週末が開け、待ち遠しかった月曜日がやってくる。少し前までは憂鬱でしかなった月曜日が、今や一番楽しみな日になっていた。そんな気持ちにさせてくれただけでも、この出会いは良いものだったと断言できる。欲を言えばもっと深い仲になりたいが、それはこれからの祥子次第と言える。いつもの手際で家を後にすると、時間を確認して車のキーを回す。
(もし今日擦れ違えたら、手を挙げるか会釈してみよう! 翌日無視されても、旅の恥は掻き捨てならぬ通勤の恥は掻き捨て! 通勤時間変えれば二度と会うことないし)
運転しながら覚悟を決めると、いつもの交差点を通過する。
(そろそろかな……)
緊張しながら対向車を見ていると、黒のラパンがやって来る。
(来た! がんばれ私!)
相手の視線を確認すると祥子は見つめながら軽く会釈する。その会釈を見て相手も会釈を返す。
(わあー! 相手も会釈してくれた! 見間違いじゃないよね? どうしよう、これって絶対私を意識してくれてる!)
胸の鼓動は外に聞こえ漏れるのではと思うくらい大きくなる。朝一番の事件によりその日は一日中ニコニコしてしまい、彩から気持ち悪がられていた。
翌朝、同じ時間に交差点付近で信号待ちをしていると、信号待ちの対向車にラパンを見つける。祥子は先頭車輌だが相手は二台目ということもあり、しっかり見つめることは出来ない。しかし相手も気付いているようで、少し体を右に寄せてこちらをチラチラ見ている。
(今日も会えた。というかたぶん向こうも時間を合わせてくれてる気がする)
信号が変わりラパンに近付くと今日は相手の方から手を挙げてくる。もちろん祥子も手を挙げて返事を返す。
(うわぁ~、なんだコレ! すっごいドキドキする。どこの誰かも分からない、話したこともない相手なのに!)
祥子はドキドキしながらも嬉しい気持ちで車を走らせる。以降、互いにジェスチャーを交わすようになってからはちょっとした恋愛気分を味わえ、毎日の通勤が日々の糧になっている。その一方これから先、さらに踏み込んだ付き合いを望むべきかどうかも真剣に考えてしまう。
進展を試みた結果、今の擦れ違いドキドキ通勤が崩壊することも考えられ、そう思うと二の足を踏む。相手に特定の彼女がいる可能性もあり、普通に既婚者ということも有り得る。ドキドキはドキドキのままでずっと想いを楽しむか、思い切って恋の扉を叩いてみるか、祥子はその狭間で苦悩していた。
(毎日会いたいと思っているって時点で答えは出てる、か……)
スピーカーから流れる曲もそぞろに、彩から言われた言葉が頭の中をくるくると回る。
(よし! 思い切って行動してみよう。でも、どうやって話す機会を作ればいいだろうか。まさか本当に車をぶつける訳にもいかないし……)
走りながら対向車線を見ているとコンビニが目に入り、祥子は瞬時に名案を閃く。
翌日、いつもより早めに家を出て、昨日目をつけた対向車線側にあるコンビニの駐車場にフロントが通りに見えるように止める。
(今日は気付いても急に止まれないだろうから、駐車場に入ってはこないと思う。まずは今日コンビニに止まっているところを印象付けないと……)
運転席に座ったまましばらく対向車を眺めていると、黒のラパンがコンビニの前を通過する。いつものように小さく手を振ると、相手は意外そうな顔をして走り去って行く。
(視線は合ったし、とりあえずの目的は果たせたかな。明日、もしかしたらここで直接何かを話すことになるのかも。今から不安な面とドキドキ感が半端ないわ……)
明日のことを想像しながら、ハンドルにうなだれる形で俯せにる。
(我ながら最近の行動力は褒めてあげたい。なんだかんだ言ってだいぶアプローチしてきたし、お互いに意思疎通もできるようになった。後は相手の本音を聞くだけだ。正直ちょっと怖いけど……)
明日のシミュレーションを空想しながら俯せになっていると、突然運転席の窓がノックされビクッとする。慌てて窓の外を見ると、ラパンの男性が笑顔で手を振っている。
(思いのほかアクティブだったこの人!)
わざわざUターンしてまで会いに来た男性に祥子はどうしてよいか分からずドギマギする。しばらく俯いていたが、何も対応しない訳にもいかずウインドウを下げる。
「はじめまして」
下げると同時に男性は挨拶をする。緊張していないような雰囲気でにこやかな表情をしている。
「は、はじめまして」
緊張しながら挨拶を交わすと、男性は名刺を差し出してくる。反射的に受け取ると男性が口を開く。
「青柳徹(あおやぎとおる)って言います。名刺の裏にメールアドレス書いてるんで、もしよかったら連絡下さい。じゃあ、待ってます」
まともに自己紹介も出来ず、手を振りながら去って行く姿を祥子をドキドキしながら見送っていた。