恋通勤
第6話
一週間後、青柳へのメールは可もなく不可もなく、一定の距離を保ち関係を続けている。勘違いから入ったとは言え、全く嫌いという相手でもなく邪険には扱えない。その間、青柳の方は通勤時のジェスチャーも含めアクティブに攻めてきており、祥子の中では食事の誘いを断る理由が尽きてきていた。
(彩は食事くらいはって言うけど、あまり気が乗らない。想いもないのにこのままズルズル付き合う方が失礼な気するし……)
昼食後、携帯電話を握りしめたまま中庭のベンチに座り、祥子は想い悩んでいる。目線の先では鉄平が同僚とキャッチボールをしている。
(丸っきり中学生の昼休み化してるし。あれが優しい人、ね。子供のまま大きくなった大人って感じだけど)
眺めていると視線に気付いたのか、鉄平が駆け寄ってくる。
「一ノ瀬もキャッチボールやるか?」
「やらない。っていうか、女子に対して有り得ないお誘いだから」
「いや、羨ましそうな目でキャッチボール見てたから、てっきりやりたいのかな~って思って」
(私、そんな物欲しげに見てたからしら? 今度から気をつけないとね)
溜め息をつくと祥子は鉄平を無視してベンチを黙って後にした――――
――夕方、残業を終え、いつもより少し遅い時間にスーパーで買い物をしていると、背後から男性の声で呼び止められる。
「こんばんは。会うのはコンビニ以来だね」
(しまった。この時間って青柳さんの帰宅時間だった……)
渋々挨拶を交わすと、青柳は予想通り口説いてくる。
(青柳さんには悪いけど、ぶっちゃけ面倒臭いわ~)
適当にあしらいながら買い物をするが、青柳は意に介さず話し掛けて来る。
(どうしよう。普通にストーカーっぽい。というか最初は私がストーカーっぽかったか……)
困った表情で買い物を続けていると、納豆売り場で納豆を真剣に見つめている鉄平を見つける。
(バカ鉄だ。釈然としないけど、この際、アイツに助けて貰おう!)
鉄平に駆け寄ると直ぐに腕を掴み青柳に向き直る。
「すいません、青柳さん。実は私、彼と付き合ってるんです」
(空気読めよ、バカ鉄~)
突然の展開で青柳も鉄平も困惑している。
「えっ、マジで? 彼氏いたの?」
「はい、ホントつい数日前の出来事で言い出し辛かったんです。本当にごめんなさい!」
鉄平は未だ混乱しているようで、青柳と頭を下げる祥子を交互に見ている。
「そ、そうなんだ。じゃあ二人の邪魔しては悪いね。僕は帰るよ」
ふらふらとした足取りで去って行く青柳が見えなくなるのを確認すると、祥子は鉄平から離れ安堵の溜め息をつく。
(助かった。鉄平がいなかったら面倒臭いことになってたかも)
鉄平を見ると未だに怪訝な顔をしている。
「ごめん。さっきの男を振るためにアンタを利用したの。助かったよ」
「ああ、なるほど」
説明を受けて鉄平は自分の立場をやっと理解する。
(予想通り、にぶい男ね)
少し呆れながら見ていると、鉄平の背後から三歳くらいの小さな女の子が走り寄って来る。その小さな手にはチョコボールが握られている。
「パパ、コレ買っていい?」
「パパ!?」
あまりの衝撃に祥子はつい大きな声を出してしまう。
(しまった。びっくりしてつい……、えっ、パパってコイツもしかして……)
「ロリコンじゃないよね?」
「今しがた助けて貰った相手に対して失礼なヤツだな。娘だよ」
「同じ新卒組なのに、もう結婚してるとは思わなかったわ」
「いや俺未婚だけど?」
再び大きな声でツッコミを入れようになるも、なんとか踏み止まる。
「え~と、わりと込み入った事情だったりしちゃうわけ?」
「まあな」
女の子は祥子を警戒しているのか、鉄平の背後から隠れて睨んでいる。
(今はスーパー内だし、日を改めて聞いた方が良さそうね)
女の子の目線までしゃがむと、祥子は笑顔で話し掛ける。
「お名前は?」
少し警戒しつつ女の子は口を開く。
「桃花(ももか)……」
「桃花ちゃんか。可愛い名前ね。私は祥子よ。また会おうね、桃花ちゃん」
頭を優しく撫でると祥子は立ち上がる。
「なんかいろいろとゴメンね。改めてありがとう。さっきは助かった」
「どう致しまして」
「じゃあまた明日」
桃花の警戒解かれぬ視線を感じながら、祥子は納豆売り場を後にした。