恋通勤
第7話

「あのさ、バカ鉄に子供いたの知ってる?」
 サンドイッチをかじろうとして口を開けたものの、あまりの衝撃発言に彩はそのまま固まってしまう。
「ニ、三歳くらいの女の子なんだけど。名前は桃花ちゃん」
「あの、祥子ちゃん。十月にエイプリルフールはないんだけど?」
「いやマジで。昨日スーパーで偶然会った」
 彩はサンドイッチを持ったまま、中庭で無邪気にキャッチボールしている鉄平を見る。
「あの少年が大人になったような、逆コナン君状態の鉄平に子供? いやいやいやいや、私信じないから」
「うん、そういうと思った。逆の立場なら私もそう思うし。でも事実なんだよね、これがまた」
 祥子も半ば呆れた感じで鉄平を見る。昨夜スーパー内であったことを詳細に語るも、やっぱり彩は信じられないっといったふうな顔をする。
「未婚の父か。むっちゃ気になるね~」
「思い切って聞いてみようか?」
「私、怖いから又聞きでいいや。詳細分かったらまた後で教えてよ。じゃ、検討を祈る」
ゴミを片すと彩はベンチを颯爽と後にする。
(トラブルの匂いを感じて逃げたな。彩のヤツ~)
 溜め息を一つつくと、キャッチボールしている鉄平に向い手を振ってアピールする。直ぐに気付いたようで、鉄平は駆け寄ってくる。
「どうした? やっぱキャッチボールしたいのか?」
「んなわけないでしょ。ちょっと聞きたいことあるんだけどいい?」
「もちろん」
そういうと鉄平は祥子の隣に座る。
「改めて昨日はありがとう。でさ、桃花ちゃんのことなんだけど、なんで未婚の父やってるの? 差し障りのない範囲で聞きたいんだけど」
「ああ、そのことか。桃花の父親、俺の兄貴なんだけど半年前、通勤途中に交通事故で亡くなったんだよ。義姉さんは子供嫌いだったらしくて育児放棄。で、俺が引き取った。それだけ」
(それだけって、事もなげにこんな重い話を……)
 黙り込んでいると鉄平が話し掛けてくる。
「昼間は保育園に預けてるし、土日はちゃんと休める職場だから全然問題はない。元々家事全般はわりと得意だしな。問題があるとしたら、一ノ瀬がこのことを誰かに喋りまくらないかってことくらいだな。喋られたら彼女出来なくなるし」
 笑顔で語る鉄平を見て祥子の胸は痛くなる。
(彼女うんぬんは措いといて、ふざけていつもちゃらんぽらんだと思ってたのに、コイツ全然しっかりしてるじゃん。大卒したばかりで同い年なのに子供の面倒まで見て……)
 しばらく黙っていたが祥子は意を決して顔をあげる。
「あの、もし困ったことがあったら私に相談して。出来ることなら協力するし」
 突然の申し出に鉄平は訝しがる。
「なんで一ノ瀬が俺のためにしてくれるんだ?」
(そりゃもっともな質問だ。でも……)
「昨日のお礼。と、同期のよしみよ。がさつなアンタに任せっきりだと、桃花ちゃんが心配だし」
「なるほど、一理ある」
 自分が責められているという感覚がないのか、普通に納得している。
「私に出来ることがあるか分からないけど、社内に事情を知ってる人が全然いないよかはマシでしょ?」
「確かに」
「じゃあアドレス交換。さっさとしてよ? 変な疑いかけられたくないし」
「変な疑い?」
(コイツ、にぶ過ぎるのにもほどがあるだろ……)
「もういいから。ハイ、早く携帯出す」
 祥子に催促されて鉄平は慌てて携帯電話を取り出している。無事交換し終えると、挨拶もせず祥子はさっさとベンチを立ち去る。
(っていうか、なんで私の方が焦って立ち去ってるんだ。意味分からない)
 ちょっと歩いてから鉄平の方を振り向くと、既に笑顔でキャッチボールを始めている。
(あれじゃ彼女できんわ……)
 鉄平のあまりの鈍感さに溜め息をついて祥子は中庭を後にした。

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