初めての恋はあなたと。番外編

部屋に戻って来たのは約30分後だった。

姉を駅まで送ったのはいいものの、呼び出した人物が来るまで一緒に待っていたからだ。

姉を呼び出した人物は実際には見てないが、部屋を出る前に電話してきた人物ーー専務取締役だろう。

何があったかは知らないが、上手くいっているはずだ。

そう思い急いで部屋に戻ったのだ。


「…千夏?」

寝室に入ると彼女は規則的な寝息を立てて寝ていたのである。

ベッドの端に丸まって眠る彼女の姿が、あまりにも可愛らしい。

近くにあった毛布を彼女にかけて、ベッドの側の床に腰をおろして彼女の寝顔を見つめた。

…まさかこうなるとはな。
最後は彼女自身により、次の機会までお預け決定とは。

苦笑しながら彼女の髪を撫でていると、「んっ…」と少し身じろいだ。

起こしてしまったかと手を引いたその時。


「…や、さん」

「ん?」

「和也さん…」


俺の名を呼んで、彼女はふわりと微笑んだ。
その微笑みがあまりにも無防備過ぎて、俺は冗談抜きで我慢できないと思った。

まったく…どこまで俺を追い込めばいいんだ?

そう思いながらも俺の顔は険しくなく、かなり柔らかく微笑むことが出来たと思う。

理由は一つしかない。

彼女だからこそ、今までの苛立ちはどうでもよくなった。
苛立ちは嘘のように無くなり、今は穏やかな気持ちしかない。


「君だけだな…俺の心をかき乱してくれるのは」


そう呟き俺は再び彼女の頭を撫でたのだった。



「ご、ごめんなさいっ!待てずに寝てしまって…」

「別にいい…必ず責任は取ってもらうから」

「はい…って、え?責任?」

「楽しみにしているからな」


そう意地悪そうに微笑めば、彼女はイマイチ納得出来ていないという表情をしながらも「頑張ります!」と言った。

ああ…俺の幸せかつ平和な苦悩は、もう少し続きそうだな。
< 54 / 123 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop