Task Force-特別任務部隊-
1929年1月6日にハインリヒ・ヒムラーが親衛隊全国指導者に就任すると、親衛隊は彼の下で党内警察組織として急速に勢力を拡大。

ナチスが政権を獲得した1933年以降には政府の警察組織との一体化が進められた。

保安警察(ゲシュタポと刑事警察)、秩序警察、SD、強制収容所など第三帝国の主要な治安組織・諜報組織はほぼ全て親衛隊の傘下に置かれていた。

1934年、自身の上部組織であり、長らく対立を続けていたエルンスト・レーム以下突撃隊の幹部を粛清(いわゆる『長いナイフの夜』)、正規軍である国防軍から信用を得ると、軍事組織の保有を許可され、親衛隊特務部隊(後の武装親衛隊)を創設。

以降特務部隊以外の親衛隊員は一般親衛隊と呼ばれるようになった。

第二次世界大戦中、武装親衛隊は国防軍と共にシベリア及びヨーロッパ各地に展開、勇戦し、良くも悪くも数多くの武名を馳せた。

一方で警察業務の親衛隊はドイツ及びドイツ占領下のヨーロッパ諸国において治安維持、反体制分子摘発、ユダヤ人狩りなどにあたった。

戦時中に親衛隊は絶滅収容所やアインザッツグルッペンを組織してユダヤ人の絶滅、いわゆる『ホロコースト』を図ろうとした。

これらの行為は親衛隊の悪評を大いに高め、戦後のニュルンベルク裁判において全ての親衛隊組織は『犯罪組織』であるとする認定を受けた。

このように親衛隊がタブー視される一方で、ヒムラー自身がオカルトマニアであった事から異教的な独特の神秘主義が浸透しており、そのミステリアスな雰囲気に魅了される者も少なくない。

< 764 / 840 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop