涼子さんの恋事情
第17話
 
 いつもとは違う聞いたことのないアラーム音で涼子は目を覚ます。寝ぼけながらアラームの鳴る方に手を伸ばすと、その腕を掴まれ抱きしめられる。
(あっ、そうだ達也君が隣に……)
 抱きしめられ初めて、いつもと違う現状だったと把握する。
「おはよう、涼子さん」
「おはよう、達也君。寝起きだから顔見ないでね」
 抱きしめられたまま達也の胸の中でつぶやく。
「寝起きでも涼子さんは素敵です」
「ありがと、ずっと、こうしていたいな……」
「ずっと側にいる。一緒だよ」
 達也は涼子に顔を近付けると優しくキスをする。
(寝起きなのにドキドキして目が冴えてきちゃった……)
 窓から見える暗がりが目に入り、疑問を抱き達也から離れる。
「外、真っ暗だけど何時に目覚ましかけたの?」
「五時だよ」
「こんなに早く起きて帰るの? もしかして急ぎで帰らないといけなかった?」
「いや、そんなことないよ。今日は普通に帰るつもりだし」
「えっ、じゃあどうして早起き?」
「出勤前の涼子さんとゆっくり話したかったんだ。いつも何時に起きてるのか分からないけど、時間通りだときっとゆっくり話せないと思ったから。ちょっと眠いけどね」
 そう言って笑顔を見せてくれる達也に、涼子の心は嬉しさで溢れる。それと同時に、昨夜のことが想い起こされ照れが出てしまう。
(十年ぶりで内心緊張してたけど、多分悟られてないわよね? というか、達也君……)
 言いづらいながらも、涼子は気になっていたことを聞く。
「達也君に聞きたいんだけど」
「なに?」
「えっと……、その、毎回そうなの?」
「えっ? 何が?」
「だ、だから、毎回あんなに何時間もするのかな、って……」
 涼子は照れを隠すかのように視線を反らす。達也は何を聞かれているのかをようやく理解し笑顔になる。
「昨夜は特別だよ。涼子さんと初めてだったし頑張ってみた」
 涼子とは対照的に達也は照れず言う。
(草食系だと思ってたけど、案外やるときはやるのね……)
「そう、ならいいわ。毎回だと私の方がもたないし寝不足になるわ」
「僕は毎日寝不足でもいいけどね」
 真顔で言ってくる達也の頬を左手でつねる。
「私に迷惑かけないって言ったのはどこのどちら様でしたっけ?」
「ごめんなさい、冗談です。痛いです」
「全くもう……」
 手を離すと、つねっていた頬に軽くキスをする。すぐに離れるものの、目線が重なるとどちらともなく再び唇を重ね始めた――――


――三時間後、昨日と同じ新幹線ホームで達也を見送る。昨日のような涙も無く今日は笑顔で見つめ合っている。
「わざわざ東京まで帰ってきてくれてありがとう。本当に嬉しかった」
「僕の方こそ、いろいろとありがとう。帰ってきて良かったと、心から思える一夜でした。あっ、朝もか」
 数時間前の朝一からの行為を思い出し、涼子は顔を赤くする。
「公共の場でそういうこと言わないの」
「了解です、部長!」
 冗談っぽく敬礼する達也に苦笑する。新幹線がホームに入るアナウンスが流れ、二人は真剣な眼差しで見つめ合う。
「達也君、元気で身体には十分気をつけてね」
「ありがとう、涼子さんもお元気で」
「プロポーズの返事は、少し待ってて。良い返事が出来ると思うから」
「はい、待ってます」
 新幹線がホームに入ると同時に抱きしめ合い、口付けを交わす。唇が離れると抱きしめたまま達也は言う。
「愛してるよ、涼子」
 初めて呼び捨てにされ、涼子はドキッとするも嬉しさに頬が緩む。
「私も愛してるわ。達也さん」
 達也も初めて『さん付け』されて一瞬びっくりしている。
「このまま福岡に連れて帰ろうかな? なんか無性に離したくなくなった」
「私を人生初の無断欠勤にさせるつもり? まあ、私もこのまま福岡について行きたい気分だけど」 
「来る?」
「バカ」
 冗談を言い合い、熱い抱擁が済むと達也はバッグを担ぎ、新幹線に向かって歩き始める。乗車口とホームからお互いに手を振ふり合い、新幹線はそのまま発車しみるみる小さくなっていく。
(私の気持ちはもう決まってるみたい。こっちの後始末が全て着いたら、この新幹線ホームに麻衣と二人で立っていたい……)
 新幹線の見えなくなったホームで涼子は微笑みながらたたずむ。この数週間後、涼子の思惑通り麻衣と並んでこのホームに立つことになる。しかし、その表情は暗く、先のような明るい笑顔は消えることになる。

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