涼子さんの恋事情
第7話

 沢間食品との問題が解決し、落ち着く間もなくクリスマスがやってくる。涼子の部署も他方面に忙しく、達也はこき使われまくっている。毎年忙しいものの、涼子の指示のもとだと余裕もったクリスマスを迎えられ、部下もクリスマスを堪能するためにしっかり動いている。
(忙しいけど今年もちゃんと麻衣とクリスマスを過ごせそうね)
 進捗具合を分析しながら涼子は満足気に資料をめくる。

 クリスマスイヴ、麻衣へのプレゼントも確保され、後は終業時間を待つのみとなる。部署の全員が同じ気持ちなのかどこかウキウキしていた。それとは反対に恋人の居ない達也は暇そうにパソコンを見つめている。
(結局クリスマスまでに彼女は出来なかったようね。ま、私が女性の立場でも白川君は選ばないけど)
 内心ほくそ笑みながらデスクで伸びをしていると、携帯電話にメールの着信が入る。
(麻衣からだわ。なんだろ?)
『仕事中にごめんなさい。お願いがあってメールしたの。前に言ったけど今日のクリスマス、クラスメイトの早紀ちゃんと美穂ちゃんも遊びに来るんだけど、二人に素敵な親戚のお兄ちゃんがいるって嘘ついちゃったの。だから今日のクリスマス、達也お兄ちゃんにも来てほしいの。ママから頼んで!』
 メールを読み終えると達也を見る。相変わらず頼りない顔でパソコンを眺めており、どこがどう素敵なのかを麻衣に問い詰めたい気分になる。
(どうしよう。嘘をついた麻衣が悪い! なんて説教して簡単に済ますことも可能だけど、それは後でも出来る。白川君を誘えばきっと来てくれるとは思うけど、バツイチ子持ちとは言え独身女性の家に若い男を入れるのはためらわれるわね……)
 悩んだ揚句、内容を考え抜いてメールで用件を伝える。
『こっちを見ないでメールを読んで。麻衣が今日のクリスマスパーティーに、白川君を親戚の兄役として呼びたいとメールが来た。早紀ちゃんと美穂ちゃんという友人に、白川君を自慢したいらしい。もし来れるならちゃんとプレゼントを用意して、六時半に前会ったスーパーに来て。都合が良ければメールを読みながらでいいから、その場で伸びをして。ダメならそのままパソコン眺めてて。最後に、このメールを読んだらすぐ削除すること』
 送信後、達也をじっと見ていると携帯電話を少しいじってから伸びをし再びパソコンに向かっている。
(伸びをするってことは来るってことか。ちょっと気を遣うわね……)
 オードブルに達也の分が上乗せされることを考慮しつつ、今後のプラン修正をしていた――――


――夜、涼子と麻衣の話に絡まないこと、リビングから移動しないこと、今日のことは他言しないこと等、いくつかの禁止事項を確約させマンションに案内する。リビングに入るとテンション高めの麻衣が達也を待ち受ける。
「達也お兄ちゃん、こんばんは!」
「こんばんは、麻衣ちゃん。はい、クリスマスプレゼント。それと、早紀ちゃんと美穂ちゃんにはコレね」
 達也からのプレゼントを貰い、三人はパーティー初っ端から心を開いている。
(何気に女子の扱いが上手いわね。一度しか聞いてない早紀ちゃんと美穂ちゃんの名前を覚えて、二人分のプレゼントまで用意するとは。沢間食品事件で再燃した辞表提出作戦がまた遠退いたわね)
 予約していた追加分のオードブルが到着し、盛り上がりながら楽しい晩御飯を取る。その後は涼子を除いた四人で、一緒に遊べるテレビゲームを和気あいあいとプレイしている。予想をしてなかった達也のモテっぷりに涼子は少し嫉妬する。

 九時前になり二人を自宅に送り届け帰宅すると、リビングでは達也と麻衣が楽しそうに話をしている。
(コイツってホント予想もしない特技を突然繰り出すわよね。将棋の件しかり女の子の扱いしかり……)
「ただいま、二人で楽しそうに何を話してたの?」
「おかえりママ。何を話してたかは秘密! ね、達也お兄ちゃん」
「うん、秘密秘密」
(何なのこの疎外感と嫉妬心。思春期だと母親には話せないこととかあるのかしら……)
 一人のけ者扱いにされた涼子の気分は良いわけもなく、少し不機嫌のまま麻衣の隣に座る。
「そうだ、ママ。達也お兄ちゃんからのプレゼント見て! ほら!」
 麻衣は貰ったばかりのテディベアブローチを自慢げに見せてくる。
「可愛いブローチ。よかったわね、麻衣」
「うん、達也お兄ちゃんってセンスあるよね」
 褒められて達也は照れているが、涼子は全くいい気がしない。
(なに素で照れてんだか。というか早く帰れよ! 今から母娘水いらずでクリスマスを楽しもうとしてるんだから!)
 麻衣越しから放たれる涼子の帰れという強い思念を感じてか、達也は腕時計を確認するとおもむろに立ち上がる。
「僕もそろそろおいとましますね。もう遅いですし」
「えっ、まだ九時だよ? 彼女いないんだから早く帰る必要ないよー」
「うん、なかなかストレートにキツイこと言うね、麻衣ちゃん。実は明日も仕事でさ、いろいろやることあるんだよ」
(上手に嘘つくわね。明日は会社休みなのに)
 涼子は達也に視線を目配せし、達也は理解したように頷く。
「ごめんね、麻衣ちゃん。また遊びに来るから、そのときゆっくり話そうね」
「はーい」
 残念そうな顔をする麻衣を尻目に達也はマンションを後にする。散らかったリビングの片付けをしていると、ソファーの横に立て掛けられている鞄が目に入る。
(白川君のだ。急いで帰ったから忘れたんだ。仕方ないわね……)
「ごめん、麻衣。白川君の鞄を届けてくるわ」
「私も行く」
「麻衣は片付け。親戚のお兄ちゃんとか嘘ついた罰」
「うっ、ごめんなさい。片付けます……」
 しょんぼりしながら片付け始める麻衣を確認すると、急いで地下駐車場に向かう。
(まだ間に合うと思うけど)
 エレベーターが駐車場に着き少し歩くと、ちょうどこちらに歩いて来る達也と鉢合わせになる。
「あっ、部長。すいません。部屋に忘れ物を……、って持って来てくれたんですね」
「わざわざパーティーに来てくれた来賓の忘れ物を、届けないわけにはいかないからね。気をつけてよ?」
「すいません、ありがとうございます」
 鞄を受け取ると涼子は踵を返しエレベーターへ歩き始める。達也は少し考えた後、その場で立ったまま呼び止める。
「部長」
「ん? なに?」
 涼子が振り返ると達也は小走りに近づいて来る。
「少し時間いいですか?」
「手短にお願い」
「は、はい」
 そう返事をしたきり達也は黙ってしまう。いつもの癖ですぐに問いただそうと考えるが、少し待ってみることにする。
(早く帰って片付けして麻衣とお話したいんだけど……)
 じっと見つめていると達也が動く。
「あの、僕の彼女になってくれませんか?」
「はぁ?」
 唐突な告白に涼子はすっとんきょうな返事をする。
「えっ、今、彼女って言った?」
「は、はい」
(意味が分からない。えっ、これって告白されてるの?)
 しばらく現状把握のため沈黙していたが、やっと重い口を開く。
「冗談?」
「本気です」
「そう、じゃあ返事は、ごめんなさい。彼女にはなりません」
 達也はショックを受けた顔をするが、涼子は続ける。
「名古屋での出張でも言ったけど、私は私より頼りない人とは付き合わない。まあ、私以上に頼りになる人なんてなかなかいないだろうけど。百歩譲って白川君が頼りがいのある男性だったとしても、私は付き合わないと思う。歳の差があるしバツイチ子持ちじゃ、名家の白川家嫡男とは釣り合わないでしょ?」
「お言葉ですが、実家と僕の恋愛は関係ないですよね? お互いがどれだけ想い合ってるかが大事だと思います」
「ご実家のくだりは断るための名目。一番の理由は頼りないところよ。それくらいは分かってくれると思ったんだけど?」
「どうしてもダメですか? 付き合って行く中でしか分からないこともあると思うんですけど」
「そうね、貴方が将棋得意とか女性子供に優しいこととかは、仕事上の付き合いだけじゃなかなか分からないこと。けど、私の中で貴方と付き合うという選択肢はない。部下であり、それ以上それ以下にもなりえない。諦めて他の人を探すのね」
 涼子の言葉にショックを受けると思いきや、達也は意外にも微笑みながら話し掛けてくる。
「一つ反論していいですか?」
「受けて立つからいくつでもどうぞ」
「他の人を探すくらいなら最初から貴女を好きになんてなりませんよ。有り得ません、他の人なんて」
 真っすぐも真剣な達也の瞳を見て、涼子も少し気圧される。
「貴方がいくらそう思っていようと、私の気持ちは変わらないわよ? 貴方の意見は現実的じゃないわ」
「恋愛は現実的な部分ばかりを見てするものじゃないと思います。年齢とか身分とか距離とか、そういうしがらみを飛び越えて熱い想いが向かう。そして、自分の感情すらコントロールできなくなる、それが人を好きになるってことだと思います」
 思いがけない達也の意見に涼子は内心焦る。
(正直なところ私は恋愛経験が少ない。離婚してから付き合った男性だっていない。聞いてる限り、白川君みたいな考えも方もあながち間違いじゃないんだろう)
「恋愛の定義とかはもういいわ。だいたい出会って三ヶ月の私のどこに惚れたの?」
「優しいところですね。仕事では厳しいですけど、プライベートは普通に女の子だなって思いました」
(三十路過ぎた私に女の子とか言うな!)
 少し照れながら涼子は切り返す。
「とにかく今は忙しいし、今後も私の気持ちは変わらない。勝手に好きになるのはいいけど、公私混同したら許さないわよ?」
「分かってます。職場ではちゃんと部下でいます。けど、いつか貴女の気持ちを変えさせ、振り向かせてみせます」
(飲みの場で口説かれたことは何度かあったけど、こんなにもストレートに口説かれたのは初めてかも。仕事でもこのくらいの情熱を持ってもらいたいわ……)
 顔が火照るのを感じ涼子は背中を向ける。
「勝手にすればいいわ。おやすみ」
 達也からの挨拶を背中越しに受けながら、涼子は足早にエレベーターに乗る。帰宅後、麻衣から顔の赤いことを指摘され、それを取り繕うのに苦労していた。

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