あなたの手に包まれて
* 久しぶりのフリータイム
会社へ戻り、滞り無く午後の会議も終え、本日ラストの案件、丸亀レストランブース社長の亀有様を社長室隣の応接室へお通しした。
我が社とは会長職に退いた現社長のお父様時代からのお付き合いとのことで、親子ほど年の離れた二人が応接テーブルを挟んでソファーに掛けている。
「失礼致します。本日はお忙しい中、我が社までご足労頂きまして誠にありがとうございます。」
そう声を掛け、濃く淹れたダージリンティーとオリーブ版甘納豆をお出しすると
「おや?これは、もしかして、以前教えてくれたオリーブの?」
「あ、はい。覚えていて下さったんですね。先ほど外出した際に立ち寄りましたら最後の一瓶で、幸運にも買うことができたもので。珈琲もご所望でしたらご用意致しますがいかがでしょうか?」
「なるほど、紅茶の方が合うんだね?構わないよ、紅茶を楽しませてもらうよ。」
亀有様と会話しながら同じセットを社長にもお出しすると、早速オリーブを一つ、手でぱくっと口に入れた社長。
「お、美味いね、美紅ちゃん!渋味と甘味がバランス良いんだね〜」
ピックで丁寧に口へ運んだ亀有様も
「おや、本当だ。美味いもんだな。他に類を見ない独特の味だ。」
「お口に合いましたようで何よりです。それでは、前室にて控えさせて頂きます。失礼致します。」
前室の自分のデスクへ戻り、ふぅ…と一息つく。
良かったわ、気に入っていただけて。しかもさすが、覚えてらしたわね。最後の一瓶をゲットできて本当に良かった。
しかも今日はきっとこのまま社長と亀有様は二人で会食に出掛けることになる。
最初にご挨拶した際に声を掛けられなかったということは、今日は私は同席せずお二人で行かれるはず。
久々に定時であがれそうでウキウキしてきた!
でもウキウキの原因は実はそれだけではない。
社長との鉄板焼きを回避できたのは恐らく今日だけの話で明日にはまた言い出すのだろうからどうでも良いとして…
実は私は亀有様の持つ雰囲気が、どうも得意ではない。
我が社とは違い、亀有様一代でここまで築き上げてきたというだけあってか、デキる社長特有の、笑顔でいても目の端で何かを睨むような、あの独特の強い雰囲気がどうも得意ではない。
勿論悪い方じゃないのだけれど、同じ空間にいると常に緊張しすぎるようで、後に残る疲労感がハンパないのよ…
でも、今日はそんな亀有様からも社長からも解放されそうだし…ふふふ、久々にお買い物して
帰っちゃお〜っと!
デスクに向かい社内メールをチェックして、必要な書類のプリントアウトをして、一時間が過ぎた頃、社長と亀有様はやはりお二人で会食へと向かわれた。
社長は拗ねた表情を一瞬私に向けてきたけれど、私が悪いわけではないものね。
お二人を正面玄関前の亀有様のお迎えのお車までお見送りして、私は一人、久々の定時上がりに向けて応接室の片付けと、社長室と前室も含む3部屋の掃除に取り掛かった。