恋をしようよ、愛し合おうぜ!
2
とにかくその日、夜遅く帰ってきた彼に、「友だちに会いに、来月東京へ行ってもいい?」と聞いてみた。
「友だち?」
「うん。メイクアップアーティストをしている光子さん。今日スカイプで話したら盛り上がっちゃって。彼女がニューヨークへ行く前に会おうって誘ってくれて」
・・・何か私の口調、言い訳めいてる。
こんなこと言わなくても、この人は・・・。
「いいよ。楽しんでおいで」
・・・ほらね。
優しい私のだんなさんは、私が言う大抵のことを聞いてくれるんだから。
この人が一生懸命仕事している最中に、私は暇を持て余してるとか、友だちとおしゃべりしてることに、後ろめたさなんて感じなくてもいいのに。
それは彼だっていつも言ってくれることだし。
とにかく、それから3週間後、私は光子さんに会いに、東京へ出かけた。
東京へ行くのは結婚して以来だから・・・うわ、1年と約2カ月ぶり!?
思わず「うーん」と小声でうなった私は、それをごまかすように窓から見える景色を見た。
幸い、周囲に乗客はいなくてホッとする。
東京へは新幹線で行く。
もちろん、こだまだ。
途中、のぞみに乗り換えてもいいんだけど、このこだまも東京行きだからなぁ。
と思いつつ、私はのぞみの切符も買っていた。
早く着いた時間を、東京散策に充てたかったからだ。
それに、こだまとのぞみの車両は違いがありすぎる。
何といっても、こだまにはグリーン車がないし。
乗り換えたのぞみのグリーン車内も人はまばらだった。
そういう時間帯なのかもしれない。
それでもこだまとは、活気の度合いが違うと思った。
ま、これは私の勝手な思い込みかもしれない。
彼は毎月生活費として決まった額を手渡ししてくれるほか、お小遣いもくれる。
いつも「お金ちゃんと足りてる?」と聞く配慮も怠らない。
『足りてるどころか、多すぎだと思うよ』
『それはなつきさんがきちんと管理してくれるからだよ』
優しい笑顔。
優しい声と言葉。
たった1つ年上なのに、いつも落ち着き払っている彼は、私よりうんと年上の男性だと思ってしまう。
それとも、「いつもどおりの模範解答です」なんて思ってしまう私の精神年齢が、ずっと年下なのかな。
今日のお出かけに際しても、交通費はもちろん、食事代とかその他もろもろと言って、今月の生活費並みのお小遣いに加えて、クレジットカードまでくれた。
『久しぶりの東京なんだからさ、思いきり楽しんでおいで。そして何か欲しいものがあったら遠慮なく買いなさい』
仕事へ行く前、笑顔でそう言ってくれたあの人ってやっぱり・・・優しい、んだよね?
私は大好きな銀座周辺を数時間ウィンドーショッピングした後、待ち合わせ場所の恵比寿へ向かった。
十分すぎるお金をもらったせいなのか、逆に物欲は湧かなかった。
服もバッグも靴も、見るだけで十分楽しめた。
元々私は中毒なほど、あれもこれもと買いまくることはしたことないし。
でも一度でいいからそういう自棄起こすと、スッキリするのかなぁ?
なんて考えてるうちに、恵比寿に着いた。
駅前にあるカフェを見ると、光子さんがいた。
パソコンと格闘中の光子さんは、私に声をかけられるまで気づかなかった。
「あぁなつきぃ!久しぶり!」
「ホント、対面は久しぶりですね」
「ちょっと待ってね、これ保存するから」
「どうぞ」
私が向かいに座る間もなく、光子さんはパソコンを閉じると、「行こ」と言って立ち上がった。
東京へ来たのは久しぶりな私だったので、場所のセレクトは光子さんにおまかせしていた。
午後2時を過ぎたばかりだったこともあって、光子さんは待ち合わせ場所から歩いて行けるカフェへ案内してくれた。
「へぇ。こんなカフェできてたんだ」
「半年前だったかな。偶然見つけてね。日向ぼっこできるような居心地の良さがあるの。だから時々フラッと立ち寄るのよねー」
センスがいい光子さんのお気に入りなら、まず大当たりだ。
何より光子さんは、ヘンなお店に案内するような人じゃない。
案の定、そのカフェの雰囲気から私は気に入った。
「このカフェいい!」
「なつきと私って好みが似てるじゃない?だからなつきも絶対気に入るって思ったのよ」
「いいなぁ。お気に入りのカフェめぐりができて・・・」と、ついしみじみと言ってしまった。
そのときタイミング良くオーダーを聞きに来てくれたウェイトレスに、私たちはラテ・マキアートを二つ頼んだ。
カフェ内にお客はまばらなせいか、それほど待たずにラテ・マキアートが来た。
私たちはそれを飲みつつ、お互いの近況を話す。
とは言っても、私の近況なんて、10分程スカイプで話した時と変わらない。
単調で退屈で、時間を持て余している毎日。
だから近況を話しているのは、専ら光子さんのほうだ。
あぁ光子さん、輝いてるなぁ。
と思った矢先、光子さんが不意にしゃべるのを止めた。
そして私の顔に手を伸ばすと、ハンカチで涙を拭ってくれた。
あ、れ?わたし・・・泣いてた?
「スカイプで話したとき思ったんだけど、あんた、自分のこと構わなくなってるよ」
「・・・はい?」
「目はオドオドしてるし、俯きがちだし。まさか、だんなに暴力ふるわれてるの?」
「ううん!違う!」と私は大急ぎで否定すると、「ちがうよ」とつぶやいた。
それからひとしきり泣いた私は、光子さんに現状の気持ちを全て吐き出した。
「・・・だんなはとても優しい。私にはもったいないくらい。こんな玉の輿ライフに文句つけたら罰が当たる・・・」
「てかあんたにとっては、今のライフが罰になってるじゃん。あのさぁ、なつき。あんた、だんなのこと愛してる?」
「・・・好きだよ。私は・・・結婚して一緒に暮らすうちに、好きって気持ちは育っていくと思った。だってあの人は私のことを愛してるって言ってくれるし、態度でも示してくれてると思うから・・・」
そう言いながら、私は気がついた。
「彼のことが好き」という思いは、結婚前から今も変わっていないことを。
その気持ちは、全然育っていなかった、ということを。
「いくら彼がなつきを愛していても、なつきの彼に対する気持ちは、それ以上大きくなることはないんじゃないの?」
「・・・そ、だね。・・・私さ、あの人は私のことを幸せにしてくれると思ってた。だってあの人は私を愛してるから。だから結婚したのに」と言ってるうちに、私は笑いが込み上げてきた。
泣いたと思ったら笑ったり。
今日の感情は忙しい日だ。
「・・・だんなが紹介してくれた会社で事務のバイトしててね。結局2カ月で辞めちゃった。その後自宅で英会話教室開いたんだけど、だんなとお義母さんの口利きで集まった生徒さんたちは、英語を学びたいって意欲もないのか、英会話教室っていうより、お茶会みたいに世間話して終わっちゃって。それはそれで楽しかったんだけど、そんなことでお金もらうのも申し訳なくて。もう私、何やってるんだろうね。なんか・・・取り残されてると思って焦っちゃって、あまりにも違いすぎて・・・」
帰りはこだま一本にした。
少しでも家に帰るのを遅くするために。
彼には「乗り換えが面倒だから」と言い訳した。
この日を境に、私は家に帰ると両腕にじんましんができるようになってしまった。
今は冬だから、長袖でごまかせる。
だけど自分の気持ちはもうごまかせない。
私は彼に別れてほしいと切り出した。
私が言う大抵のことは聞いてくれる優しい彼だけど、離婚には応じてくれなかった。
「なつきさんを愛しているから、不自由のない暮らしをさせたい」
「なつきさんを愛しているから、言うことは聞いてあげたい」
「でも僕は別れたくない。なつきさんを愛しているから」
彼の意志に加えて、彼の両親も離婚には反対だった。
離婚をすることで家名に傷をつけたくないと考えているらしい。
それに離婚をすることで、経営している病院に悪い影響というか、そういった評判が立つと考えてもいるようだ。
地方の名家ってそういう考え方をするのか、それとも彼の家だけなのか・・・。
中国地方に住んでいる私の両親も、離婚には反対だった。
両親の家は遠いから、お盆や正月くらいしか会わない。
そして両親には私の気持ちを打ち明けたこともない。
だから事情がよく分からない両親は、私がただワガママを言ってるだけだとしか思っていない。
できただんなさんに対してこれ以上愛情が持てないから別れたい。
確かにこれは、私のワガママだ。
でも私の心はもう限界だ。
体がじんましんというサインを出してくるくらいに。
光子さんが言ったとおり、そのうちもっと広がるかもしれない。
その懸念は少しだけ当たった。
じんましんは広がらなかったけど、金属アレルギーになったのか、結婚指輪をはめている部分がかゆくなった。
ピアスも外した。
ネックレスもつけられなくなった。
そんな私を見かねたのか。
彼は、居場所をちゃんと教えるという条件で、ついに別居を許してくれた。
私は必要最小限の荷物だけ持って、東京へ行った。
最初の10日間は光子さんの家に居候させてもらった。
その間に物件を探して、8畳一間のアパートに引っ越した。
「友だち?」
「うん。メイクアップアーティストをしている光子さん。今日スカイプで話したら盛り上がっちゃって。彼女がニューヨークへ行く前に会おうって誘ってくれて」
・・・何か私の口調、言い訳めいてる。
こんなこと言わなくても、この人は・・・。
「いいよ。楽しんでおいで」
・・・ほらね。
優しい私のだんなさんは、私が言う大抵のことを聞いてくれるんだから。
この人が一生懸命仕事している最中に、私は暇を持て余してるとか、友だちとおしゃべりしてることに、後ろめたさなんて感じなくてもいいのに。
それは彼だっていつも言ってくれることだし。
とにかく、それから3週間後、私は光子さんに会いに、東京へ出かけた。
東京へ行くのは結婚して以来だから・・・うわ、1年と約2カ月ぶり!?
思わず「うーん」と小声でうなった私は、それをごまかすように窓から見える景色を見た。
幸い、周囲に乗客はいなくてホッとする。
東京へは新幹線で行く。
もちろん、こだまだ。
途中、のぞみに乗り換えてもいいんだけど、このこだまも東京行きだからなぁ。
と思いつつ、私はのぞみの切符も買っていた。
早く着いた時間を、東京散策に充てたかったからだ。
それに、こだまとのぞみの車両は違いがありすぎる。
何といっても、こだまにはグリーン車がないし。
乗り換えたのぞみのグリーン車内も人はまばらだった。
そういう時間帯なのかもしれない。
それでもこだまとは、活気の度合いが違うと思った。
ま、これは私の勝手な思い込みかもしれない。
彼は毎月生活費として決まった額を手渡ししてくれるほか、お小遣いもくれる。
いつも「お金ちゃんと足りてる?」と聞く配慮も怠らない。
『足りてるどころか、多すぎだと思うよ』
『それはなつきさんがきちんと管理してくれるからだよ』
優しい笑顔。
優しい声と言葉。
たった1つ年上なのに、いつも落ち着き払っている彼は、私よりうんと年上の男性だと思ってしまう。
それとも、「いつもどおりの模範解答です」なんて思ってしまう私の精神年齢が、ずっと年下なのかな。
今日のお出かけに際しても、交通費はもちろん、食事代とかその他もろもろと言って、今月の生活費並みのお小遣いに加えて、クレジットカードまでくれた。
『久しぶりの東京なんだからさ、思いきり楽しんでおいで。そして何か欲しいものがあったら遠慮なく買いなさい』
仕事へ行く前、笑顔でそう言ってくれたあの人ってやっぱり・・・優しい、んだよね?
私は大好きな銀座周辺を数時間ウィンドーショッピングした後、待ち合わせ場所の恵比寿へ向かった。
十分すぎるお金をもらったせいなのか、逆に物欲は湧かなかった。
服もバッグも靴も、見るだけで十分楽しめた。
元々私は中毒なほど、あれもこれもと買いまくることはしたことないし。
でも一度でいいからそういう自棄起こすと、スッキリするのかなぁ?
なんて考えてるうちに、恵比寿に着いた。
駅前にあるカフェを見ると、光子さんがいた。
パソコンと格闘中の光子さんは、私に声をかけられるまで気づかなかった。
「あぁなつきぃ!久しぶり!」
「ホント、対面は久しぶりですね」
「ちょっと待ってね、これ保存するから」
「どうぞ」
私が向かいに座る間もなく、光子さんはパソコンを閉じると、「行こ」と言って立ち上がった。
東京へ来たのは久しぶりな私だったので、場所のセレクトは光子さんにおまかせしていた。
午後2時を過ぎたばかりだったこともあって、光子さんは待ち合わせ場所から歩いて行けるカフェへ案内してくれた。
「へぇ。こんなカフェできてたんだ」
「半年前だったかな。偶然見つけてね。日向ぼっこできるような居心地の良さがあるの。だから時々フラッと立ち寄るのよねー」
センスがいい光子さんのお気に入りなら、まず大当たりだ。
何より光子さんは、ヘンなお店に案内するような人じゃない。
案の定、そのカフェの雰囲気から私は気に入った。
「このカフェいい!」
「なつきと私って好みが似てるじゃない?だからなつきも絶対気に入るって思ったのよ」
「いいなぁ。お気に入りのカフェめぐりができて・・・」と、ついしみじみと言ってしまった。
そのときタイミング良くオーダーを聞きに来てくれたウェイトレスに、私たちはラテ・マキアートを二つ頼んだ。
カフェ内にお客はまばらなせいか、それほど待たずにラテ・マキアートが来た。
私たちはそれを飲みつつ、お互いの近況を話す。
とは言っても、私の近況なんて、10分程スカイプで話した時と変わらない。
単調で退屈で、時間を持て余している毎日。
だから近況を話しているのは、専ら光子さんのほうだ。
あぁ光子さん、輝いてるなぁ。
と思った矢先、光子さんが不意にしゃべるのを止めた。
そして私の顔に手を伸ばすと、ハンカチで涙を拭ってくれた。
あ、れ?わたし・・・泣いてた?
「スカイプで話したとき思ったんだけど、あんた、自分のこと構わなくなってるよ」
「・・・はい?」
「目はオドオドしてるし、俯きがちだし。まさか、だんなに暴力ふるわれてるの?」
「ううん!違う!」と私は大急ぎで否定すると、「ちがうよ」とつぶやいた。
それからひとしきり泣いた私は、光子さんに現状の気持ちを全て吐き出した。
「・・・だんなはとても優しい。私にはもったいないくらい。こんな玉の輿ライフに文句つけたら罰が当たる・・・」
「てかあんたにとっては、今のライフが罰になってるじゃん。あのさぁ、なつき。あんた、だんなのこと愛してる?」
「・・・好きだよ。私は・・・結婚して一緒に暮らすうちに、好きって気持ちは育っていくと思った。だってあの人は私のことを愛してるって言ってくれるし、態度でも示してくれてると思うから・・・」
そう言いながら、私は気がついた。
「彼のことが好き」という思いは、結婚前から今も変わっていないことを。
その気持ちは、全然育っていなかった、ということを。
「いくら彼がなつきを愛していても、なつきの彼に対する気持ちは、それ以上大きくなることはないんじゃないの?」
「・・・そ、だね。・・・私さ、あの人は私のことを幸せにしてくれると思ってた。だってあの人は私を愛してるから。だから結婚したのに」と言ってるうちに、私は笑いが込み上げてきた。
泣いたと思ったら笑ったり。
今日の感情は忙しい日だ。
「・・・だんなが紹介してくれた会社で事務のバイトしててね。結局2カ月で辞めちゃった。その後自宅で英会話教室開いたんだけど、だんなとお義母さんの口利きで集まった生徒さんたちは、英語を学びたいって意欲もないのか、英会話教室っていうより、お茶会みたいに世間話して終わっちゃって。それはそれで楽しかったんだけど、そんなことでお金もらうのも申し訳なくて。もう私、何やってるんだろうね。なんか・・・取り残されてると思って焦っちゃって、あまりにも違いすぎて・・・」
帰りはこだま一本にした。
少しでも家に帰るのを遅くするために。
彼には「乗り換えが面倒だから」と言い訳した。
この日を境に、私は家に帰ると両腕にじんましんができるようになってしまった。
今は冬だから、長袖でごまかせる。
だけど自分の気持ちはもうごまかせない。
私は彼に別れてほしいと切り出した。
私が言う大抵のことは聞いてくれる優しい彼だけど、離婚には応じてくれなかった。
「なつきさんを愛しているから、不自由のない暮らしをさせたい」
「なつきさんを愛しているから、言うことは聞いてあげたい」
「でも僕は別れたくない。なつきさんを愛しているから」
彼の意志に加えて、彼の両親も離婚には反対だった。
離婚をすることで家名に傷をつけたくないと考えているらしい。
それに離婚をすることで、経営している病院に悪い影響というか、そういった評判が立つと考えてもいるようだ。
地方の名家ってそういう考え方をするのか、それとも彼の家だけなのか・・・。
中国地方に住んでいる私の両親も、離婚には反対だった。
両親の家は遠いから、お盆や正月くらいしか会わない。
そして両親には私の気持ちを打ち明けたこともない。
だから事情がよく分からない両親は、私がただワガママを言ってるだけだとしか思っていない。
できただんなさんに対してこれ以上愛情が持てないから別れたい。
確かにこれは、私のワガママだ。
でも私の心はもう限界だ。
体がじんましんというサインを出してくるくらいに。
光子さんが言ったとおり、そのうちもっと広がるかもしれない。
その懸念は少しだけ当たった。
じんましんは広がらなかったけど、金属アレルギーになったのか、結婚指輪をはめている部分がかゆくなった。
ピアスも外した。
ネックレスもつけられなくなった。
そんな私を見かねたのか。
彼は、居場所をちゃんと教えるという条件で、ついに別居を許してくれた。
私は必要最小限の荷物だけ持って、東京へ行った。
最初の10日間は光子さんの家に居候させてもらった。
その間に物件を探して、8畳一間のアパートに引っ越した。