恋をしようよ、愛し合おうぜ!
別居していた間、夫は実家へ戻っていたそうだ。
でも、私と一緒に住んでいたマンションの一室は、そのままずっとキープしておいてくれていた。
私の荷物もまだあるし、夫自身の荷物だって、もちろん置いてあるし。

そのマンションに戻ってから、私はまず、置いていた私物の整理と選別をし始めた。
仕事で使えそうな資料や本の何点かは、東京へ持って行く。
バッグや未使用の靴は、ブランド品の販売サイトで買い取ってもらう。
少しでも「備え」を蓄えるために。


それらの作業を終えた私は、今度はセミナーを開いたり、マンツーマンや少人数グループの英会話レッスンをしたりといった、東京でもしていた仕事を、こっちでも細々とし始めた。

自分自身の結婚生活がうまくいってないのに、ブライダルのパンフレットモデルの仕事もした。
夫には申し訳ないけど、野田さんと一緒にいることを想像して、撮影をこなした。
「夢見る表情が良く出てるよ」と、カメラマンを始め、スタッフのみなさんに褒められたのは、非常に皮肉だと思った。

彼にはもちろん、野田さんのことは話していない。
他の男性のことを言えば、夫はますます離婚に応じないだろうという思惑もあるけど、このゴタゴタに野田さんを巻き込みたくないという気持ちのほうが強いから。
だから野田さんのことはもちろん、「逃亡資金」のこととか、野田さんのお兄さんのことは、夫にも、夫の家族にも、誰にも絶対言わない。




夫とは離婚の話し合いをいつもしていた。
だけど案の定と言うべきなのか、夫は「なつきさんを愛しているから」と言って、離婚に応じようとはしない。

「なんで僕と別れたいんだよ。なつきさん、今はここを拠点にしても、仕事ができてるじゃないか」
「だから、場所は問題じゃないって何度も言ったでしょう!問題は・・・あなたと一緒の未来は想像できない。あなたが悪いんじゃなくて、私・・・」

食欲が完全に失せた私は、箸を置くと、両手で顔を覆った。

「なつきさん」
「あなたは私を幸せにしてくれると思ったから結婚した。そして、あなたは私を幸せにしようとしてくれた。だけどね、私が思う“幸せ”と、あなたが思う“幸せ”は違う」
「“幸せ”の定義や価値観は、人それぞれ違うんじゃないか?」
「それは 私にも分かってる。でも、あなたが思う“幸せ”って、私のそれとは永遠に交わることもなくて、うまく言えないけど、お互いの成長の糧にもなることがないって・・・思う。そもそも誰かに幸せにしてもらおうって考えてたこと自体、間違いだった」
「・・・参ったな」と夫はつぶやくと、ハハッと力なく笑った。

「ごめんなさい。やっぱり私、ここを出る」
「ダメだよ」
「ううん。あなたが離婚してくれるまで、私、ここを出る」
「で?どこ行くんだよ。また東京?」
「当座は駅近くのビジネスホテルかな。明日になるけど、ここ出るね。服とかバッグとか、ここに置いてくものは、あなたが好きに処分してくれていいから」
「・・・僕があげたもの、全然使ってないね」
「それだけ私、本気だから」
「なつきさん・・・」
「お願いだからあなたも私と離婚することを本気で考えて」


夫に宣言したとおり、翌日の夕方前に、私は手に持てるだけの必要な荷物と一緒に、駅近くにあるビジネスホテルへ移り住んだ。

このままだと裁判まで行くかもしれない。
私が一方的に離婚を要求している上、夫に非はないから、私が夫に慰謝料を払うことになるかもしれない。
もし夫が法外な額を言ってきたらどうしよう・・・。

なんて後ろ向きな恐怖心も芽生え始めた頃、事態は急展開した。


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