恋をしようよ、愛し合おうぜ!
6
「どれくらいできた」
「全部できました」
「マジかよ!?」
・・・なぜ素直に驚く、野田氏。
この程度の英訳が、私にできないとでも思ってんの?
全く・・・どんだけ私が仕事できない女だと思い込んでんのよ!
驚いている野田さんの顔に、プリントアウトした英訳用紙を投げつけてやろうかと思ったけど、そんな失礼なことは、もちろんしなかった。
代わりに私は、涼しい顔して「マジですよ」と言うと、きちんとそろえた用紙を野田さんに両手を使って渡した。
上着を脱いだ野田さんは、それを椅子にかけると、用紙を見ながら自分の席に座った。
それを見る目つきはとても真剣だ。
なんか・・・仕事できる男って感じがモロ漂ってる・・・。
「・・・なっちゃん」
「は!はい?」
もう。いきなり声かけられるとビックリしちゃうじゃないの!
ドキドキがいつも以上に聞こえるのを意識しながら、私は野田さんの方へ近づいた。
「この部分はどういう意味だ」
「これはですね、右側が野田さんが書かれていた文章を、そのまま英訳した文です。で、左側に書いたのは、野田さんはこういうことを言いたかったのかな、と思ったことを、日本語と英語、両方書いています」
「あぁ、なるほど・・俺の文章曖昧だったな」
「そういうわけじゃあないんですよ。ただ、ビジネスとしては、もう少しクリアに、かつお互い分かりやすく表現したほうがいいかと思って。それからここと、他にも何か所かありますが、口頭で言う場合、こういう言い方になります、というのを一応書いておきました。意味は同じです。後・・・これですね」と私は言いながら、他の用紙を抜き取った。
「ここまでの項目で、私自身が疑問に思った点や、こういう質問が来そうだなというのを、箇条書きにしています」
と私が言うと、英訳の紙を見ていた荒川くんが「すっげー」と感嘆の声を上げた。
「なつきさん!たったの2時間ちょいでここまでできたんすか!?」
「それだけじゃなくて、なつきさんは、1課の電話応対もヘルプしてくれたんですよ」
「あ、ホントだ」
「おい、三好って誰だよ」
「・・・わたしですが」
「あ?」
「“なっちゃん”って書いたほうが良かったですか」と私は言いながら、電話メモの応対者のところをビシッと指さした。
「あーそうだな。今度からそうしてくれや」
「嫌ですよ!冗談で言ったのに」
何ニヤニヤしながら言ってんのよ、この人は!
しかも絶対わざとだ。
「私の名字くらい覚えてください」とむくれながら言ったとき、私と同じくらいの背丈だけど、横幅は私よりもある小太りオジサンな金崎さんが、ヒョコヒョコやって来た。
「いやぁ、なっちゃーん。本来の仕事以外のこともさせちゃって、悪かったねー」と言う金崎さんが、そもそも私を「なっちゃん」と呼ぶから、野田さんも「なっちゃん」って呼ぶわけで。
でも・・・今朝私を支えてくれたときは、「なつき」って呼んでくれたっけ。
不意に思い出したことに、なぜか私の両頬がカァッと火照った気がしたので、誤魔化すようにコホンと咳払いをした。
「いえ。むしろお役に立ててよかったです」
「今日の仕事分、時給プラス5000円つけとくから」
「ホントですか!?嬉しいぃ!!」
あれくらいのヘルプで、5000円もエクストラでもらえるなんて!!
これでひとまず今月分の家賃支払いは大丈夫だ。
この仕事をあてにして、ホントよかった!
「今後もこういうこと出てくると思うから、時給アップしておくよ」
「ほ、ホントに!?助かります」
つい声が切実に響いちゃったからか、隣から野田さんの睨み視線を感じるけど、金崎さんにお礼を言わずにはいられなかった。
「なつきさんってすごいんですよ。英語で電話応対もしてくれて」
「いや、それほどでも」
「外資系企業に勤めてたことあるの?」
「ないですけど、他の企業さんへ通訳へ行ったとき、こういう対応をしていたなというのは覚えていて」と私が言うと、内田さんは「なるほどねー」と言いながら、腕を組んで何度もうなずいていた。
この企業は外資系じゃないんだけど、海外の企業とも取引があるし、海外支店がある。
海外1課の場合は、英語とドイツ語が主な外国語対応になるそうだ。
そこで、野田さんが有名私立大のドイツ語科卒だと花田さんが教えてくれた。
花田さんは野田さんの後輩に当たるらしく、それで知ってると、花田さんが言っていた。
ついでなのか、私から聞いたわけじゃないのに、花田さんが野田さんのことを少し教えてくれたおかげで、野田さんが30歳のとき、海外1課の課長になったこと、異例のスピード出世な上に、あの外見だから社内でも話題になり、女子社員たちの間に「野田ファンクラブ」まで秘密裏にできたことを、私は知ることができた。
『でも仕事に関しては、すっごく厳しい人です。だから私、そこまでキャーキャー言う人たちのことがよく分からないんですけど、課長として尊敬できる人ですよ』
と言ってた花田さん。
あなたはちゃんと現実を見てる!
そして、花田さんが言ったことは、私にも分かる。
外見の良さを抜きにしても、野田さんは仕事ができる男だ。
30歳で課長に昇進したのも、それだけの実力があったからだろう。
そして野田さんは、課長に昇進した頃、結婚したそうだ。
で、1年後に離婚。
それでまた、「社内で一番モテる独身男性」ナンバーワンに堂々返り咲いた、というのは荒川くんも言ってたけど、結婚していた頃は、「社内で一番モテる既婚者男性」、ぶっちぎりでナンバーワンだったとか・・・。
「野田ファンクラブ」の影響力ってすごいよね。
ていうか、ファンクラブって・・・アイドルか!
しかも現在も「運営中」らしいし。
ホント、よく分かんない・・・。
「なつきさんって、英語得意なんっすね」
「うーん、そうだね。9歳から14歳までアメリカに住んでたから・・・」
「おお!帰国子女!」と言った奥村さんに、私は「そうですね」と言うと、曖昧な笑みを浮かべた。
「帰国子女」と言うと、大抵の人は「すごいね」と言う。
そこから華やかなイメージを抱く人も多いみたいだけど、実際のところ、帰国子女だからと言って、英語圏に住んでいた帰国子女みんなが英語をペラペラにしゃべれるとは限らない。
私だって、帰国後、ずっと勉強をし続けたおかげで、英語を活かした仕事ができてるわけで。
海外特派員になる夢は破れたけど、通訳だって英語を活かした仕事に変わりはない。
・・・なんて、この人たちはそういう裏事情を知らないからなぁ。
結局、表面的で華やかな一部分しか見てないんだよね。
ま、万人に知ってほしいとは思わないから、別にいいけど。
「なつきさん、TOEICのスコアは?」
「えーっと、910点だったかな」
「げ!マジで!?すっげーっ!!」
「あ、でも最後に受けたの、2年前だから」
だからそんなに騒がないでほしいんですけど・・・。
「すごいな、なっちゃん。野田君、TOEICの試験対策をなっちゃんに教えてもらったらどうだ?」
「あーそーっすねー」
部長相手に、何てやる気のないお返事・・・。
あまりに率直すぎて、笑いが出ちゃいそうだ。
確か野田さんって、英語できないんだったよね。
でも海外事業部所属なら、それは致命的じゃないかな。
「俺、750からなかなか上がらないんだよなぁ」
「荒川。そういうのは勉強して覚えるもんじゃねえんだよ」
「じゃあどうすりゃいいんですか」
「勘」
興味津々だった荒川くんの顔が、引きつった。
と思ったら、ゲラゲラ笑いだした。
「勘をバカにすんなよ」
「いやべつに・・・でも、その答え、マジかちょーらしい!あぁウケるぅ!」
笑っているのは荒川くんだけじゃない。
内田さんと奥村さん、花田さんも大ウケしている。
でも言った野田さん本人は、いたって真面目な顔だ。
「俺、勘だけで前回のTOEICは800行ったからな」
「うそっ!」
これには私も驚いた。
大ウケしていた4人も、笑うのをピタッと止めて、みんなビックリしている。
「さすが“野生児ノダシン”」と讃え口調で言った奥村さんに、「おうよ。フィーリングだぜ、フィーリング」と調子こいているのか、親指上げて野田さんは答える。
うーん・・・親指上げるのはいいとして、野田さんが横文字言うと、なんとなーく似合わない・・・。
「でもま、ちょっとは勉強したぜ。こんくらいな」と野田さんは言うと、左手の親指と人さし指を、5センチくらい開けた。
「ホント、ちょっとっすね」
「ああ。プロジェクト抱えて忙しかったから、勉強に割く時間なくてな。でも過去何度か受けてきたから、傾向は分かってたし。それプラス勘に頼って、自己最高スコア出せた」
でもそれだけで800点は、やっぱりすごいよ。
この人、意外と強運の持ち主なのかもしれない。
それか、実はものすごく陰で勉強したのかもしれない。
部下と和んでおしゃべりしている野田さんをチラッと見ながら、私はそんなことを考えていた。
「全部できました」
「マジかよ!?」
・・・なぜ素直に驚く、野田氏。
この程度の英訳が、私にできないとでも思ってんの?
全く・・・どんだけ私が仕事できない女だと思い込んでんのよ!
驚いている野田さんの顔に、プリントアウトした英訳用紙を投げつけてやろうかと思ったけど、そんな失礼なことは、もちろんしなかった。
代わりに私は、涼しい顔して「マジですよ」と言うと、きちんとそろえた用紙を野田さんに両手を使って渡した。
上着を脱いだ野田さんは、それを椅子にかけると、用紙を見ながら自分の席に座った。
それを見る目つきはとても真剣だ。
なんか・・・仕事できる男って感じがモロ漂ってる・・・。
「・・・なっちゃん」
「は!はい?」
もう。いきなり声かけられるとビックリしちゃうじゃないの!
ドキドキがいつも以上に聞こえるのを意識しながら、私は野田さんの方へ近づいた。
「この部分はどういう意味だ」
「これはですね、右側が野田さんが書かれていた文章を、そのまま英訳した文です。で、左側に書いたのは、野田さんはこういうことを言いたかったのかな、と思ったことを、日本語と英語、両方書いています」
「あぁ、なるほど・・俺の文章曖昧だったな」
「そういうわけじゃあないんですよ。ただ、ビジネスとしては、もう少しクリアに、かつお互い分かりやすく表現したほうがいいかと思って。それからここと、他にも何か所かありますが、口頭で言う場合、こういう言い方になります、というのを一応書いておきました。意味は同じです。後・・・これですね」と私は言いながら、他の用紙を抜き取った。
「ここまでの項目で、私自身が疑問に思った点や、こういう質問が来そうだなというのを、箇条書きにしています」
と私が言うと、英訳の紙を見ていた荒川くんが「すっげー」と感嘆の声を上げた。
「なつきさん!たったの2時間ちょいでここまでできたんすか!?」
「それだけじゃなくて、なつきさんは、1課の電話応対もヘルプしてくれたんですよ」
「あ、ホントだ」
「おい、三好って誰だよ」
「・・・わたしですが」
「あ?」
「“なっちゃん”って書いたほうが良かったですか」と私は言いながら、電話メモの応対者のところをビシッと指さした。
「あーそうだな。今度からそうしてくれや」
「嫌ですよ!冗談で言ったのに」
何ニヤニヤしながら言ってんのよ、この人は!
しかも絶対わざとだ。
「私の名字くらい覚えてください」とむくれながら言ったとき、私と同じくらいの背丈だけど、横幅は私よりもある小太りオジサンな金崎さんが、ヒョコヒョコやって来た。
「いやぁ、なっちゃーん。本来の仕事以外のこともさせちゃって、悪かったねー」と言う金崎さんが、そもそも私を「なっちゃん」と呼ぶから、野田さんも「なっちゃん」って呼ぶわけで。
でも・・・今朝私を支えてくれたときは、「なつき」って呼んでくれたっけ。
不意に思い出したことに、なぜか私の両頬がカァッと火照った気がしたので、誤魔化すようにコホンと咳払いをした。
「いえ。むしろお役に立ててよかったです」
「今日の仕事分、時給プラス5000円つけとくから」
「ホントですか!?嬉しいぃ!!」
あれくらいのヘルプで、5000円もエクストラでもらえるなんて!!
これでひとまず今月分の家賃支払いは大丈夫だ。
この仕事をあてにして、ホントよかった!
「今後もこういうこと出てくると思うから、時給アップしておくよ」
「ほ、ホントに!?助かります」
つい声が切実に響いちゃったからか、隣から野田さんの睨み視線を感じるけど、金崎さんにお礼を言わずにはいられなかった。
「なつきさんってすごいんですよ。英語で電話応対もしてくれて」
「いや、それほどでも」
「外資系企業に勤めてたことあるの?」
「ないですけど、他の企業さんへ通訳へ行ったとき、こういう対応をしていたなというのは覚えていて」と私が言うと、内田さんは「なるほどねー」と言いながら、腕を組んで何度もうなずいていた。
この企業は外資系じゃないんだけど、海外の企業とも取引があるし、海外支店がある。
海外1課の場合は、英語とドイツ語が主な外国語対応になるそうだ。
そこで、野田さんが有名私立大のドイツ語科卒だと花田さんが教えてくれた。
花田さんは野田さんの後輩に当たるらしく、それで知ってると、花田さんが言っていた。
ついでなのか、私から聞いたわけじゃないのに、花田さんが野田さんのことを少し教えてくれたおかげで、野田さんが30歳のとき、海外1課の課長になったこと、異例のスピード出世な上に、あの外見だから社内でも話題になり、女子社員たちの間に「野田ファンクラブ」まで秘密裏にできたことを、私は知ることができた。
『でも仕事に関しては、すっごく厳しい人です。だから私、そこまでキャーキャー言う人たちのことがよく分からないんですけど、課長として尊敬できる人ですよ』
と言ってた花田さん。
あなたはちゃんと現実を見てる!
そして、花田さんが言ったことは、私にも分かる。
外見の良さを抜きにしても、野田さんは仕事ができる男だ。
30歳で課長に昇進したのも、それだけの実力があったからだろう。
そして野田さんは、課長に昇進した頃、結婚したそうだ。
で、1年後に離婚。
それでまた、「社内で一番モテる独身男性」ナンバーワンに堂々返り咲いた、というのは荒川くんも言ってたけど、結婚していた頃は、「社内で一番モテる既婚者男性」、ぶっちぎりでナンバーワンだったとか・・・。
「野田ファンクラブ」の影響力ってすごいよね。
ていうか、ファンクラブって・・・アイドルか!
しかも現在も「運営中」らしいし。
ホント、よく分かんない・・・。
「なつきさんって、英語得意なんっすね」
「うーん、そうだね。9歳から14歳までアメリカに住んでたから・・・」
「おお!帰国子女!」と言った奥村さんに、私は「そうですね」と言うと、曖昧な笑みを浮かべた。
「帰国子女」と言うと、大抵の人は「すごいね」と言う。
そこから華やかなイメージを抱く人も多いみたいだけど、実際のところ、帰国子女だからと言って、英語圏に住んでいた帰国子女みんなが英語をペラペラにしゃべれるとは限らない。
私だって、帰国後、ずっと勉強をし続けたおかげで、英語を活かした仕事ができてるわけで。
海外特派員になる夢は破れたけど、通訳だって英語を活かした仕事に変わりはない。
・・・なんて、この人たちはそういう裏事情を知らないからなぁ。
結局、表面的で華やかな一部分しか見てないんだよね。
ま、万人に知ってほしいとは思わないから、別にいいけど。
「なつきさん、TOEICのスコアは?」
「えーっと、910点だったかな」
「げ!マジで!?すっげーっ!!」
「あ、でも最後に受けたの、2年前だから」
だからそんなに騒がないでほしいんですけど・・・。
「すごいな、なっちゃん。野田君、TOEICの試験対策をなっちゃんに教えてもらったらどうだ?」
「あーそーっすねー」
部長相手に、何てやる気のないお返事・・・。
あまりに率直すぎて、笑いが出ちゃいそうだ。
確か野田さんって、英語できないんだったよね。
でも海外事業部所属なら、それは致命的じゃないかな。
「俺、750からなかなか上がらないんだよなぁ」
「荒川。そういうのは勉強して覚えるもんじゃねえんだよ」
「じゃあどうすりゃいいんですか」
「勘」
興味津々だった荒川くんの顔が、引きつった。
と思ったら、ゲラゲラ笑いだした。
「勘をバカにすんなよ」
「いやべつに・・・でも、その答え、マジかちょーらしい!あぁウケるぅ!」
笑っているのは荒川くんだけじゃない。
内田さんと奥村さん、花田さんも大ウケしている。
でも言った野田さん本人は、いたって真面目な顔だ。
「俺、勘だけで前回のTOEICは800行ったからな」
「うそっ!」
これには私も驚いた。
大ウケしていた4人も、笑うのをピタッと止めて、みんなビックリしている。
「さすが“野生児ノダシン”」と讃え口調で言った奥村さんに、「おうよ。フィーリングだぜ、フィーリング」と調子こいているのか、親指上げて野田さんは答える。
うーん・・・親指上げるのはいいとして、野田さんが横文字言うと、なんとなーく似合わない・・・。
「でもま、ちょっとは勉強したぜ。こんくらいな」と野田さんは言うと、左手の親指と人さし指を、5センチくらい開けた。
「ホント、ちょっとっすね」
「ああ。プロジェクト抱えて忙しかったから、勉強に割く時間なくてな。でも過去何度か受けてきたから、傾向は分かってたし。それプラス勘に頼って、自己最高スコア出せた」
でもそれだけで800点は、やっぱりすごいよ。
この人、意外と強運の持ち主なのかもしれない。
それか、実はものすごく陰で勉強したのかもしれない。
部下と和んでおしゃべりしている野田さんをチラッと見ながら、私はそんなことを考えていた。