不機嫌なアルバトロス
空を生きる
母親の顔は、覚えてない。
家にいる男はいつも違ってた。
室内はいつも煙と酒の匂いが充満していた。
その頃は、それがなんなのかすら、知らなかった。
それが、いつも通りの風景。
時々、血が散る。
俺の、だ。
痛みがわからなくなるくらい、痺れるくらい、殴られたり蹴られたり、した。
何歳だったか、覚えてない。
いつも、隅っこで、誰の邪魔にもならないよう、誰の迷惑にもならないよう、誰にも気付かれないよう、息を潜めて座っていた。
でも、居るってだけで、邪魔らしい。
名前で呼ばれたことはない。
何故って?
名前がなかったから。
俺には名前すら、ついていなかったらしい。
空気みたいな存在なのに。
空気よりも、うざったかったらしい。
生きていること自体が、いけなかったらしい。
ゴミ捨て場に、独りで立たされた俺は痣だらけだったようで。
近所の人が通報したのか、警察に保護されることになった。
当時は、それも、よくわからなかったけど。
とにかく、背広を着た人の所に行ったような気がする。
あれは、児童養護施設の人間だったんだな、と後から知った。