不機嫌なアルバトロス
その時はそれだけで、別に気になんかなっていなかったし、次に志織と会った朝、再度歩道橋の上を通るまで、すっかり忘れていた位だ。



人通りの少ないこの場所は、傍観者を決め込むことができるせいか、通る度に一服したくなる。



頭の中でシナリオは大分出来上がっていて、あとはそれらしい役者を揃えるだけだと考えていた。



―どうすっかな。


ジッポーで火を着け、一口吸いこむと、手すり越しになんとなく下を眺める。




あ。




たまたま目に留まった微かに見覚えのある顔。




ただ、その変わり様に驚くというか、やっぱりというべきか。



―思いっきり、落ちてるな。




こないだ見かけたのはいつだったか。



確かあれからそんなに経っていないと思う。





なんつーか…




…早すぎだろ。



喧嘩か?




明らかに肩を落として、とぼとぼと歩く姿は覇気がない。




―じゃないな。別れたか?





ほんと阿呆だな。



なんでこうも第三者の目からわかりやすい顔をしているんだろう。


この世の不幸を全て背負い込んだ悲劇のヒロイン、みたいな。



隠そうとか、思わないのかな。





角を曲がってその後ろ姿が小さくなるまで見てから。




―あの女なら、上手く使えるかな。



役にハマるか思案する。


知り合いの人間は絶対に使いたくなかった俺には、ちょうど良い人材に思えた。




男に感情が左右されそうで、コロっと騙されやすい感じの。



そのまま、恋人のフリでもして、良い様に使えばいい。



―それで、あんたはまた泣く羽目になるんだけど、騙されたあんたが悪いんだよ?




紫煙を鋭く吐き出し、俺は口角を吊り上げた。

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