不機嫌なアルバトロス
「―ずるい」
まだ少し眉間に皺を寄せる志織が、頬を赤くさせ、俺の胸をやんわりと叩いた。
その手を優しく捕まえ絡ませて、今度は額にもキスをする。
最低な、男だからな俺も。
手の内をバラした上で協力を願い出るなんて、ちょっと軽率だったかな。
だけど、他にどうすりゃ良かったかな。
初対面に近い状態で殴られてはさすがに恋人としての設定は使えない。
でも、なんつーか。
―ちょっと、手元において置きたくなったんだよな。
柔らかい髪の感触が、まだ手に残っている。
―いつも不機嫌なあの女を。
「…ねぇ…今日、、一緒に居てくれる?」
上目遣いに俺を見上げてお願いする志織に笑いかける。
「駄目。まだ荷作り終わってないんでしょ?」
きゅっと握った手を引いて暗がりで目を合わせると、志織は寂しそうに呟く。
「でも…ほとんど終わってるし…」
「明後日は、一日一緒に居られるから。だから、今はこれで我慢、な?」
そう言って、もう一度軽く唇を合わせた。
「…わかったわ」
渋々頷く志織からゆっくり離れ、俺はハンドルに手を掛ける。
俺はこれから本業だっつーの。
心の中で吐かれた面倒さから来る溜め息を隠し、志織のマンションまで車を走らせた。
やたら、月が明るい夜だった。