12月の恋人たち
<12月24日 午前7時45分>…これは、雅人(マサヒト)と杏梨(アンリ)が付き合う前の話。

 冬休みに入った初日。子どもたちが来ない日の出勤時間はギリギリで良いから嬉しい。サービス残業ではないけれど、学校という現場は勤務時間外であるはずの8時前に、当たり前のように機能している。長期休業のときくらいはギリギリ出勤を許してもらいたい。

「…おはようございまーす…。」
「あ、藤峰さん、おはよう。」
「おはよう…ございます。」

 杏梨よりも先に来ていたのは同期でありながら、経験歴は1年先輩の雅人だった。今日の日直は雅人と杏梨だ。

「動静表見たらさ、今日の出勤俺たちだけなんだよね。って当たり前か。普通来ないよね。」
「…ですね。」

 今日は12月24日、クリスマスイブ。何が悲しくて学校なんかにいるのだろう。

「んじゃ、さっさと掃除しちゃおうか。」
「そう…ですね。」

 杏梨と雅人しかいない学校の空気はあまりにも冷たく、そして静かだ。子どもたちにはどれだけの熱量があるのかと思う。子どもたちがいる時間はこれほどまでに冷たさを感じない。

「子どもたちがいないとほんっと平和というか静かというか…拍子抜けしちゃうよね。」
「今同じこと思ってました。」
「あ、本当?嬉しい。」

(…他意はない。他意は。)

 杏梨は自分に言い聞かせた。ふにゃっと笑う顔も、緩みきった声も雅人が本来もつもので、杏梨に向けられるからそうなるわけではない。

「よし。今日は職員室開けないでおこうか。どうせ俺たちだけだし。事務室に仕事持ってきちゃおうよ。」
「そうですね。その方が省エネです。」

 杏梨は自教室に向かってプリントとノートの山を抱えた。そして階段を駆け下りる。

「うわ、大荷物。」
「…ためた私がバカなんです。」
「俺も結構ためてるから、藤峰さんのこと言えないな。少し持とうか?」
「いえっ!大丈夫です。持てます!」
「…持てるってわかってるよ。でも持ってあげたいのが男心。」
「…あの、じゃあ、…お願いします。」
「って重っ!こんなに重いなら2回にわけて持たなきゃだめだよ藤峰さん!」
「…なんで私、怒られてるんですか?」
「怒ってないよ!ただ、これが一般論っていうか…。」

 焦る雅人を見ると思わず杏梨に笑みがこぼれた。

「え、なに?」
「いえ。やっぱり山岸先生は面白いなって思っただけです。」
「なにそれ?俺、すっごいつまんない人間だけど。」
「そんなことないですよ。それは自分を低く見積もりすぎです。」
「そうかなぁ。」

 24日を特別だと考えるのは子どものいる家庭と、カップルくらいだろうかと杏梨は思う。少なくとも、仕事が第一な自分と雅人にはおそらく全く関係のない行事であることは疑いようもない。

「はぁー…やっぱ誰もいないってラクだなー。誰にも気ぃつかわなくていいし。」
「…それは、同感です。」

 下っ端の二人にとっては自分たち以外の誰がいても気をつかわなくてはならない。そんな状況ではない日直を迎えることができたことに感謝すべきなのかもしれない。
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