ラブレター
第3話

 面会の日から一週間、食事も喉を通らない日々が続き結衣は刑務作業中にとうとう倒れてしまう。医務室で目を覚まし、大きな塀に囲まれた外の景色を眺めながら結衣は思う。
(娘を突然亡くした藤本さんの痛みは、こんなものじゃないんだろうな。一家離散となっても美和は生きて幸せになれるチャンスがある。いつか会える日だって来るかもしれない。でも、藤本さんはそんな機会すらないんだ。私は本当に大変なことをしてしまったんだ……)
 自身の行為を省み結衣は涙を零す。点滴を打たれしばらく療養した後、結衣は舎に帰される。舎のメンバーとも相変わらず意思疎通はなく。黙って部屋の隅で丸くなる。その姿を見た加奈がちょっかいを出してくる。
「アンタ、面会で離婚を切り出されたんでしょ? いい気味ね」
 加奈の挑発も今の結衣には全く届かない。
「ま、子供殺したアンタを待ってくれるような人なんていないわよね。アンタは仮にココを出ても生涯孤独に生きて死ぬのよ」
 何を言っても微動だにしない結衣を見て加奈はキレる。
「なんとか言えよ、人殺し!」
 結衣の服を引っ張ると床に引きずる。流石に結衣も嫌気が差し抵抗する。
「離して」
「ちゃんと口ついてんなら、しゃべれよ!」
「煩い、そんなの私の勝手」
「辛気臭い上に生意気なんだよ!」
 争っているところを再び刑務官に見られ、二人は再度独房行きと告げられる。独房では一人なため結衣は少し落ち着く。
(人殺しで生涯孤独。その通りだ。私の人生は詰んだ。もう、どうにでもなれだ……)
 自暴自棄になりつつ壁を眺めていると、美和との懐かしく楽しかった思い出がよみがえる。
(美和が生まれて七年、たった七年しかお母さんできなかった。小学校生活を楽しみにしてたのに。将来、どんなに綺麗な娘に育つか楽しみだったのに。結婚式にも出たかったのに。私にはそれを見る事が叶わない。美和自身きっと許さないだろう。ごめんなさい、美和。もう二度と会えないけど貴女の幸せを遠くから祈ってる……)
 美和の笑顔が浮かび、結衣の瞳からは涙が溢れる。それと同時に娘を亡くした藤本のことが脳裏をよぎり、胸が痛くなる。
(そうだ、もっと苦しくて絶望しているのは藤本さん。ここを出たらまず謝罪の手紙を送ろう。住所も分かったし、離婚届けを送ってから一週間経ってるから次の手紙も送れる)
 自身のやるべき事を決めると、結衣は覚悟を決めて布団を被った。

 独房期間が開け舎に戻るとすぐさま便箋を取り出す。ありきたりな謝罪文かもしれないが、今の自分にできる最大限の謝罪方法はこれしかないと割り切る。戻ってきた加奈とは相変わらず険悪ながらも、他のメンバーとは少しずつ打ち解け始め軽い挨拶を交わすようにしている。なんだかんだ言っても何年も同じ空間で過ごす相手と、一切しゃべらず過ごすことなどは不可能だと悟ってのことになる。午前の刑務作業を終え、グラウンドのベンチで一人座っていると隣に加奈が座ってくる。
「よう」
「何か?」
「なんも。アンタを見かけたから座っただけ」
「あっそ」
 互いに犬猿の仲だと理解しているため会話もなくただじっとグラウンドを見つめる。目の前ではバドミントンやサッカーをしている受刑者の姿が見て取れる。
(昼休みくらいゆっくりしたりいいのに。なんで激しい運動するかな)
 疑問に感じながら見ていると加奈が話し掛けてくる。
「手紙の返事来た?」
「手紙?」
「被害者宛てのヤツ」
「ああ、あれね。来ないよ。来ると思って書いてないから」
「まあ、そう考えるのが妥当ね。むしろ、手紙来るたびに事件の事をぶり返され、被害者を傷つけてる可能性だってあるし」
「そんなこと分かってる。その上で書いたし送った。それが自分の贖罪からきた自己満足だとも理解してる」
「ちぇ、分かってんのかよ。自己満足って責めてやろうかと思ってたのに」
「お生憎様」
 鼻で笑うと加奈が驚いた顔をする。
「アンタの笑い顔、ここに来て初めて見た。感情無いのかと思ったわ」
「失礼ね。別に刑務所内で愛想を振りまく必要もないし、馴れ合うのも嫌なだけ。これでも、外ではいい奥さんしてたのよ」
「いい奥さんは轢き逃げしないって」
 痛い所を突かれ結衣は一瞬口ごもる。
「貴女の方こそ何で服役してるのよ」
「私は殺人未遂。執行猶予中だったから結構な懲役貰ったわ」
「何年?」
「六年」
「私と同じじゃない」
「そうなんだ。やっぱり殺意の有無って判決に大きく左右されるんだな。轢き逃げ殺人と殺人未遂が同じだなんて」
「私は殺意があったわけじゃないしね」
「遺族からしたら、殺意の有無なんて関係ないんだろうけどね」
(確かに。過失致死でも人を殺めてしまったことには変わりない……)
考え込んでいると、刑務官から呼ばれ一通の手紙が渡される。その差出人名には藤本慎吾(ふじもとしんご)という名前が記されていた。
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