ラブレター
第5話

 半年後、所内の態度が評価され手紙の制限が週二回になる。週一回の手紙でもちょっと多いかもと思いつつも、藤本からの返事が来るとすぐ返事を書かなければと感じていた。毎週返信がある訳でもないが、回を重ねる度に藤本の書いてくる内容や文章量も増え読み応えも出て来る。内容は相変わらず厳しいものの、藤本の抱えている戸惑いや苦悩を手紙を通じて受け止めることが、今の自分のできる最大限の謝罪だとも思う。
 この期間、舎内のメンバーとは完全に打ち解け、犬猿の仲だった加奈とは正反対に、親友のごとく仲が良くなっていた。いつものように藤本の手紙を読むと加奈にも見せる。その後、二人で返信内容を検討し、できるだけ藤本が癒されるような文面を考え手紙を作成する。言い訳やこちらの苦悩や愚痴等は禁忌として、ひたすら謝りつつ相手の言葉を丁寧に読み気持ちを汲み取る。
「結衣と手紙のやり取りを始めて半年くらいか。藤本さん、だいぶいろんなことを語り始めたね?」
「うん、最初は恨みと憎みがメインだったけど、最近は私生活の愚痴とか事件で受けた心の傷とか葛藤が多い」
「ある意味、結衣に心開いてるってことかもね。まあ加害者だし、何でも言いやすい相手ではあるわな」
「うん、どんどん何でも言って欲しいと思う。むしろ、最近は責めるような言葉が少ないから申し訳ないというか、居心地が悪い」
「ドMな発言だね。もっと言葉責めしてー!って感じ?」
「あはは、そうだね。そうかも」
 ベンチで手紙を片手に二人は笑い合う。夏先の良く晴れたグラウンドでは他の受刑者が精力的にバレーをしている。
「さっきも言ったけど、藤本さんにとって結衣は普段誰にも言えない重い毒を吐ける、唯一の相手かもしれない。そういう観点からすると結衣の存在って大きい気がするわ」
「そんな大袈裟なもんじゃないって。私は、藤本さんの心の傷が少しで癒えてくれればって思うだけ。数年後ここを出たら殺されてもいいから、直接謝罪したいくらいだもの」
「手紙の感じじゃ、虫も殺せそうにないけどね、この男」
「そうだとしても、私には手紙じゃなくて、ちゃんと面と向って謝罪する義務があるよ。そう言えば加奈って手紙出さないし来ないね。被害者に拒否られたとか?」
「私は筆無精だから。それに私を待ってる人だっていないから」
「そう、私と同じね。ここ出たらどうすればいいか分からない。待ってる人も頼る人もいないから」
「だね。あっ、じゃあさ、ここ出たら私と一緒に暮らす? 二人ならなんとか助け合って生きていけるような気がする」
 思いがけない加奈の言葉を受けて結衣は心底驚いている。
「加奈、本気で言ってる?」
「わりと本気。問題なければ私の方が半年くらい早く出所するから、先に住む所とか確保しとくよ」
「なんで私? まだ半年くらいしか付き合いしかないのに」
「確かに半年くらいだけどさ、手紙の内容とか話した感じ結衣って頼りになる感じするし。一緒なら心強い気がする。もちろん強制じゃないから断ってもらっても全然OK」
(加奈が私のことをそこまで評価してたなんて意外。でも私の方が加奈をまだ判断しかねる……)
「まだずっと先の話だし、五年以上経ってまだ加奈の気持ちが変わってなかったら住もうか?」
「えっ、いいの?」
「この先、お互いに心変わりしなければね」
 結衣の条件に加奈は笑顔で承諾する。
「それはいいとして、藤本さんの返事、一緒に考えてよ?」
「へいへい、分かってますよ。お代官様」
 冗談めかして語る加奈を見て結衣は苦笑していた。


 元日、年賀状ならぬ年賀手紙が結衣の手元に届く。差出人は当然ながら藤本となっている。年末に投函したばかりの手紙が一週間もせず返信され、結衣は内心焦る。
(なんだろう。こんなに早く返信来たの初めてだ)
 大広間でテレビを見ている加奈を尻目に結衣は舎に戻り緊張しつつ開封する。


『唐沢様

おそらくこの手紙を読んでいる頃には新年を迎えていることと存じます。
刑務所で新年を迎える方に新年の挨拶など必要かどうかは分かりません。
ただ、私も麻友の居ない独りきりの新年が二回目に迫り、区切りをつけねばと考え始めました。
新年を迎えようと何をしようと、未だ心に残る恨みや寂しさで私の人生は時が止まったままです。
自分自身このままではダメだと分かりつつも、貴女の手紙が来るたびに怒りが込み上げ心無い言葉の数々を記してきました。
きっと貴女は私の厳しい言葉を受けるため、敢えて手紙を送っていたのでしょう。
私はそのことに気づきながらも、ずっと貴女を傷つけ続けてきました。
でも、ふと思ったのです。こんなことをずっとしていても、何の解決にもならないということを。
私はただ貴女に当たることで、ストレスを解消し現実に向き合うことから逃げていただけなのです。
言い換えれば、私は貴女という存在に甘え生きてきたようなものです。
しかし、こんなことを続けていても何も生まないし先へも進めない。
ですから、私はこの手紙を最後にして、過去を受け止め前に進もうと思います。
唐沢様も私のことはもう忘れ、新年を開けたらご自身のことや残されたご家族のことを考え生きて行って下さい。
今まで多数重ねて頂いた謝罪の言葉、大変有り難く頂戴いたします。
許すという訳ではありませんが、貴女の謝罪の気持ちはしっかり伝わっております。
これからもどうか麻友のことを忘れず、謝罪の気持ちを持ち続けて生きて下さい。
寒さ厳しくなりますが、どうぞご自愛してお過ごし下さい』

 手紙を読んでいる途中から涙で文字がにじみ、結衣はただただ声を殺して泣き続けていた。

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