ラブレター
第9話

 一か月後、面会の日を迎え、否が応でも結衣は緊張する。それが良い緊張感か悪い緊張感かも分らず、自分自身どう理解して良いか判断もつかない。加奈からいろいろとアドバイスを受けるも、右から左に抜け全く身についていない。緊張しながら待機していると、刑務官から慎吾が来たことを告げられビクッとする。
(とうとう来たんだ。何言われるんだろう。死ねと言われたら本当にショック死するかも……)
 おぼつかない足取りで面会室の前まで行くと、覚悟を決めてドアノブの握る。ドアを開き部屋に入ると仕切り板の向こうでスーツ姿の慎吾が目に入る。椅子には座っておらず、立ったまま結衣を見ている。
(法廷で遺影を抱えていた人……、やっぱりあの人が慎吾さんだった……)
 目が合うなり、結衣は即座に膝を折り床に土下座する。
「ごめんなさい! 私は貴方の大事な娘さんを殺めてしまいました。本当にすいませんでした!」
 突然頭を床に着けて謝る結衣を見て、刑務官はもとより慎吾も驚き焦って言い放つ。
「ちょ、ちょっと結衣さん、止めてください! 今日はそういうつもりできた訳じゃないんで」
「いえ、これは慎吾さんに会うと決めたときから覚悟していましたし、行うべき当然のケジメです。どうかこのまま居させて下さい」
「いや、って言うかそのままじゃ僕がしゃべり辛いよ」
「すいません。でも、どうしても、これ以上の謝罪の気持ちを表す方法を知らないので……」
 おでこを床に着けたたまま動かない結衣を見て、慎吾はため息をつく。
「分かった。じゃあ、そのまま聞いて。僕は結衣さんを許していません」
 慎吾の言葉が胸の奥にグサリと刺さる。
(当然よね。でも、ちょっと、ショックだ……)
 土下座のまま耳を傾けていると、慎吾はさらに言葉を重ねる。
「麻友を亡くした悲しみや痛みは時と共に薄れてはいるけど、生涯無くなることはないと思う。世界で一番大事な家族だったから……」
 直接語られる悲しい想いに触れ、結衣は堪らない気持ちになる。
「ごめんなさい! 本当にごめんなさい! 本当に! 本当に! 本当に、ごめんなさい……、ごめん、なさい…………」
 途中から泣き崩れてしまう結衣を見て慎吾はポツリと言う。
「これだけ言えば、もう気は済んだ?」
(えっ?)
「結衣さんは僕から責められないと罪を償えていないと感じてるみたいだけど、それは違うと思う。僕が責める責めないを別にして、罪は罪だし、それに伴った罰を今も受けてる。麻友にしたこと、麻友の存在、それをずっと忘れないでいてくれたら僕はもう十分。土下座して謝罪することが結衣さんのケジメと言うなら、それに対して責めるのが僕のケジメなんだよね? だから、さっき言った僕の責める言葉でもうこの話は終わり。さあ、結衣さん、もう立って」
 慎吾から掛けられる優しい言葉に結衣は動けない。しばらくの沈黙が流れ、顔を上げると慎吾が穏やかな表情で見つめている。
(慎吾さん……)
 涙を拭き覚悟を決めて立ち上がると、仕切り版の前にある椅子にゆっくりと座る。それを確認すると慎吾も倣って座る。
「これでやっとまともに話せる。結衣さんいきなり土下座するからビックリした」
「いや、でも、本当は切腹したいくらいの気分です……」
「武士じゃないんだから。ホント、結衣さん真面目だね」
 慎吾は苦笑いしながら語る。一方、結衣の方はまだ緊張感から抜け出せずと惑っている。
「私、今こうやって刑に服しているんですが、それはあくまで法に定められた罰を受けているに過ぎず、慎吾さんに対する本当の意味での謝罪はまだ済んでいないと思ってます」
「今さっきこの話は終わりって言ったのに、またぶり返すんだね。まいったな~」
「すいません。でも、本当にどう罪を償えばいいのかずっと悩んでるんです。こうやって慎吾さんを目の前にして、その気持ちがより強くなりました」
「償い、か。無理だろうね」
 無理という単語を聞いて結衣の鼓動はドクンと跳ね上がる。
「だって、死んだ者は生き返らない。物が壊れたり金銭の損害なら弁償すればいいけど、亡くなった人のため自分が死んでみせても意味はない。だから死者に対する本当の意味での償いって忘れないことくらいしかないかもね。後は遺族に誠心誠意向かい合うとか。それでも麻友は返って来ないから結局遺族にとっても真に望む償いとはならない。真の望みは麻友の生きた笑顔だから」
 結衣自身幾度も考え抜き、理解していたことだが、遺族の真の償いを叶えることはできない。亡くなった者を取り戻す方法がこの世にはない以上、それは動かしようのない事実なのだ。慎吾の真理を聞き、結衣は何も言えずにただ苦しい顔をする。慎吾をその表情を見ると頭を掻いて話を切り出す。
「一つ聞いてもいいかな?」
「はい、どうぞ」
「結衣さんの手紙に書いてたけど、待ってる家族が居ないってホント?」
「ええ、服役してすぐ元旦那が来て離婚届け置いていった。娘は元より自分にも二度と連絡を取るなって釘をさした上で。実家からも当然勘当されてるから、ここを出ても天涯孤独かな」
「そうなんだ。それって寂しいね」
「いいえ、それも私の行いの結果だから、素直に受け止めるだけ。それだけの罪を犯したのだもの」
「でも意外だな。服役中でも離婚とかできるなんて」
「手紙と同様、書類関係も受け渡しが可能だから、法的手続きもできるのよ」
「じゃあ、婚姻届もOK?」
「ええ、大丈夫みたい。実際に獄中結婚した人いたし」
「そうなんだ、いろいろと奥が深いね、刑務所ルール」
 本当に関心しているのか慎吾の目は輝いている。
「私のことはいいから、慎吾さんからのお話って何?」
「ん、ああそっか。自分のことすっかり忘れてた。あのさ、えっと、失礼な質問だとは思うけど、結衣さんて今年齢いくつ?」
「年齢? 今年で三十二だけど」
「へえ、全然見えないや。僕はいくつに見える?」
「確実に私より年下よね? 二十八くらい?」
「ハズレ。僕は今年で三十」
「二歳も若いのね。羨ましいわ」
「二歳差なら全然問題ないと思わない?」
「問題って?」
「男女として付き合うこと」
「えっ?」
「結衣さん、僕の彼女になってくれませんか?」
 慎吾から発せられた突然の告白に、結衣の体温は激しい鼓動と共に上昇し顔までも温かくしていた。

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