いちごミルクと雨音と

彼女は生徒会副会長様で、学校では大分有名な人だ。
結わえることも惜しい、肩まで伸ばされたまっすぐな黒髪。
体育の授業にポニーテールに結い上げられでもしたら、学校中の男子生徒が彼女のうなじの話で盛り上がる。
彼女がたまたま落としたシャープペンを拾い「ありがとう」なんて言われた時には、彼女がいつ物を落とすかと、スキを狙う男子生徒が生徒会室前の廊下中に漂う。
彼女の英語の発音がエロいという噂が流れたときは、俺も保健室に行くふりをして、彼女の教室の前を何度も行き来していた。
まぁ、俺のように、邪な感情がなくても全国模試のトップ常連な彼女は、それだけで有名だ。

「なんの曲、聞いてるんですか?」

たまらずに、聞いてみた。俺との会話より優先される彼女の世界の音を、聞いてみたかった。
俺の中の彼女は、間違ってもラブソングを聞くようなイメージではない。
ロックでもない、青春じみた曲でもない。アイドルグループの曲を聞くイメージもなかった。
しかし、俺が彼女のことを何も知らないだけに過ぎないだけのことかもしれない。

「ねぇ、先輩。」

イヤホンを奪い取って、それを自分の耳に当てるだけで分かるのに、俺にはそんなことさえ出来ずにいる。
分からないことが多すぎるのだ。
なんでそんなに頭がいいんですか、家に帰ったらやっぱり勉強ばっかりしてるんですか、休日はやっぱり塾に行くんですか、私服はどんなのなん着るんですか、家族は兄弟は、コンビニのお握りだとなんの具が好きですか。聞いてみたいことがたくさんありすぎる。ありすぎて、こんがらがる。

知りたいのに、聞きたいのに、いつだってうまく届かない。

シャボン玉を膨らませるようにして、指先で割れれば届くだろうか。

そんな手足が絡まった俺を、彼女はいつも興味なさげに素通りしていく。

「教えてくださいよ。知りたいんです、俺。」

初めて彼女を見つけた時からそうだった。
知りたくて仕方なかった。
名前とか、クラスとか、そんな誰でも知っている情報ですら、嬉しかった。どうやったら近づけるか、どうやったら気づいて貰えるか、どうやったら周りの誰も知らないような、彼女を知ることができるか。
彼女を見つけてから、俺は毎日、必死だった。

「柄にもなく、学級委員に立候補したんですから、それぐらいいいでしょ?」

手繰り寄せるように、この物理的距離を縮める口実を探した。
そして、縮めるたびに知りたくなる。シャボン玉なんて儚いものが割れる音じゃない、ハリウッド映画の効果音のような大きな爆発音。
もう、居ても立っても居られなかった。

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