いろはにほへと
理由はないよ
炎天下。
蝉時雨。
縁側。
草むしり。
軍手。
朝から追いかけっこした俺には、きつい仕打ちだ。
聞けば、彼女はまだ屋敷に着たばかりだそうで、庭の手入れをするのだという。
屋敷の持ち主の家訓のような、労さずして住むべからずという掟を律儀に守っているらしい。
草を抜く手を止めると、俺はチラリと彼女に目をやった。
彼女は脚立に乗っかって、何やら樹に向かって手を伸ばしている。
あんなに前髪が邪魔そうなのに、見えるものだろうか。
何度か声を掛けてみるけれど、完全に無視。
「つ・か・れ・たー!!きゅうけーい!!!」
耐えられなくなって、縁側に引っ繰り返っても、彼女は何の反応もしてくれない。
「ねぇ。」
再び呼ぶけど、彼女は黙々と作業を続けている。
あ、そうだった。
「俺さ、トモハルって言うんだけど。」
自己紹介がまだだった事に気付き、彼女に向かって問いかけた。
「君の名前はなんて言うの?」