いろはにほへと
「はは、矛盾してますね。」
我ながら、笑ってしまう。
さよならをきちんとしたかったのに、連絡先を聞きたかった、なんて。
不甲斐ない自分に呆れ、叩きをかける手を止めた。
縁側に座り込んで、伸び放題の藤を眺める。
♪―花が咲くその頃に
また会いに行っても良い?♪
自然と口から零れたメロディーは、耳にタコが出来るほど聴き込んだ曲だ。
藤の花は、まだ咲かないから。
咲く頃と言ったら、自分が帰る頃。
その時。
果たして、トモハルは、会いに来るだろうか。
それとも、ただの唄。
それだけのことだったのだろうか。
確証は何一つ、なかった。
私が座るこの場所で。
この縁側から、トモハルは庭をよく眺めていた。
両手を着いて、見上げるみたいにして。
―今思えば、全ては、夢みたいだった。
私はふぅ、と溜め息を吐いて、お茶でも淹れるか、と立ち上がる。
今でも、別れ際を思い出しては、胸を痛めているのは、恐らく自分だけで。
十も上の大人の男の人に恋をして。
ましてや、スターで。
女の人が放っておくわけもなく。
芸能界は美人ばかりだと、澤田にも教わっている。
トモハルにとって私は、プチ家出先の家主くらいの存在で。
顔ももうきっと覚えていない。
そう考えるのが、妥当だ。