いろはにほへと
その時、だった。



「何やってるの!」



私のすぐ後ろから、少しの呆れと怒りが籠もった、馴染みの声がした。



振り下ろされたバットが、トモハルに触れるか触れないかの所で、ピタリと止まる。



弾かれたように振り返ると、廊下に青柳さんが仁王立ちして、ご主人を睨みつけていた。




「ふ、不法侵入だ!正当防衛だ!」




慌てたようにご主人は言うけれど、その顔にはしっかりと『しまった』と書いてある。




「馬鹿言ってんじゃないよ!どう見たって格下相手で、しかも武器もなく座り込んでいる状態じゃないの!犯罪者になりたいの!?」




ふくよかな体系の青柳さんは、廊下から出てきて、つっかけを履き庭に下りると、ドスドスと音をたてながら、停止したご主人の首根っこを掴んだ。




青柳さんとは反対に、痩せ型のご主人は、猫に捕らえられたねずみのように見える。




「全く!ひなのちゃんも居るっていうのに、ごめんなさいねぇ!どう考えたって、ひなのちゃんのお友達なのにねぇ!?」




青柳さんが、トモハルを振り返って言うのを聞きながら。



完全に人攫(さら)いのようなあの状況で、果たして友達と見えたかどうか―、こっそりご主人に同情した。




「あ、いや…」



トモハルもやっとはっとしたように顔を上げる。





「って、あら?!」




それを見た青柳さんが驚いたように、空いている片手で口を押さえた。




「あなた…ルーチェのハルじゃない!?」


< 148 / 647 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop