いろはにほへと
「あぁー…っと、じゃあ、少しだけ…」




「決まりね!ひなのちゃんも中に入りなさいな!それにしたって何でそんな所に?玄関から入ってきたら良かったのに。」





青柳さんはハイテンションのまま両手を合わせ、ぱちんと鳴らすと、いそいそと家の中に入った。


仕方なくその後を私達もついて行く。





「おとうさーん!お湯!沸かしてちょうだい!」




芝生の上に突き飛ばされたままだったご主人が、家中に響く声のせいで渋々と起き上がったのが、目の端に映った。






青柳さんの家は、江戸時代から続く、由緒正しき華道の家元だ。



よくは知らないが、昔はお弟子さんもいっぱい居たらしいし、相当なお金持ちだと聞いたことがある。



着物姿で出かけるのを見たことも、何度もある。




でも、私が知っている青柳さんは、いつもお米といなごの佃煮をくれる、気さくなおばあさんだった。




新しいものが大好きで、新商品のお菓子が手に入ると、たまに私を家に招いてくれる。



年齢は姫子さんよりも5個下位だったと記憶しているので、70歳になった所だろうか。




とても70には見えない、ピンと伸びた背中を追いながら、並んで歩く私とトモハルの間には緊張した空気が流れていた。






―なんて、声をかければ良いのでしょうか。




私の頭は軽いパニック。





ルーチェのハルだということを、なんで黙ってたのですか。



どうしてまたここに来たんですか。



あの唄の意味は、なんですか。



どうして、今現在逃げているのですか。




―どれも。



面倒な感情ばかりだ。
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