いろはにほへと
完全に立ち止まってしまった私を、トモハルはちらりと振り返って。
「だってさ、俺、あれ食べれない。いくらファンを大事にしなくちゃならなくても、さ。無理だよ。もし出たら、食べるフリはするから、ひなのが陰で食べて。」
申し訳なさそうな顔をして、小声で勘弁な!と言うと、何事もなかったかのように青柳さんの後を追う。
こんな広い屋敷で、置いていかれては困るので、私はすっかり脱力しながらも、よろよろと歩き出す。
緊張感が漂っていたのは確かだったけれど。
トモハルと私のとでは、緊張する対象が違っていたらしい。
片や、人間。
片や、昆虫。
違いすぎる。
冷静に分析すればするほど、馬鹿らしくなってきて、肩の力も抜ける。
―ま、いいか、後でも。
トモハルと再び会えた事は嬉しかったが、これからどうなるかというと、自分とトモハルは決して交わることのない人間だ。
だから、こうした行き当たりばったりの展開しかなくても、当たり前なのだ。
彼にとって、自分はただの通過点にしか過ぎないのだから。
そう考えると胸がチクリと痛んだが、仕方のないことだと言い聞かせ、トモハルの隣に並んだ。