いろはにほへと
その瞬間。
「わわ…」
追っ手の心許ない声が聞こえ、思わず立ち止まる。
―そうだった。
失念していた。
この穴場は、土地勘のない人間には、恐怖の暗闇。
去年来た時も、私はトモハルを案内していたのだから。
「・・・」
仕方が無い。
ふぅ、と小さく溜め息を吐いて、私は振り返って、かろうじて見えるトモハルの輪郭の方へと手を差し出した。
「手、引きましょうか?」
「…うん。」
素直な返事と同時に、私の手にトモハルのそれが絡まる。
てく、てくと。
小さい子の手をひっぱるように、半歩先を私が歩き、トモハルが後を付いてくる。
繋いだ掌から伝わる体温が、川のせせらぎの音と暗闇の中で、やけに安心できる。
お互い無言のまま、ベンチに向かえば。
「うあー」
上がる、トモハルの奇声。
二人の視線の先には、蛍の光がふわふわゆらゆらと浮き上がっている。
いつかのように。