いろはにほへと
「ちょっと、ひなののそのストレートな感じは大人の俺には苦すぎるぜ。」
「何わけわからないこと言ってるんですか?」
「・・・・すみません。」
言葉を消して、真っ直ぐ前を向いて歩けば。
さわさわと草が揺れる音。
地下の水の音。
虫の音。
そして隣を歩く人。
ふたりの足音が、聞こえてくる。
やがて。
そうした背景の音の中に。
「でも、恩人っていうのは、本当なんだよ。」
混じったトモハルの声が、いつになく真剣さを含んでいるように聞こえて。
「え?」
さっきまで聞こえていた他の音は、私からいとも簡単に遮断された。
「蛇もそうだけど…俺が言いたかったのはそうじゃなくて…去年の夏―俺は曲を書けなくなってた。正直、歌うことも辛くて―」
ぽつぽつと語られる『あの時』の事に。
再び隣に視線を移したけれど。
「作り出すことも、苦しくて。」
珍しいことに、トモハルは前を向いていた。
歩く速さも、変わらない。