いろはにほへと
想像以上
阿立桂馬のしつこさは、想像以上だった。
一日目の撮影を終え、結局OKを貰えたのは、最後の一箇所、ワンカットのみ。
当たり前だが、ド素人の私。
演技指導というものが入る。
そして、忘れてはならない今回は異例中の異例。特例中の特例。
現場も面食らってるほど、突貫工事みたいになっている、らしい。
何しろ時間がない、のだ。
「顔の筋肉が固すぎるんだよね。フツウに笑うとか、できない?あと、泣く、とかね。うーん…なんだろう、、ホントにド素人なんだよね」
ははっと困ったように笑う羽柴監督の顔が、痛々しい。
「素材はぴか一なのに、困ったねぇ。どう思う?遥。」
急に振られたトモハルは、え、という顔をしてから、傍までやってくる。
鼓動は急加速。
―あれ…なんか…
「ひなの、よく頑張ったね。ていうか、家にテレビないのに、よくチャルダーマンなんか知ってたね。」
目が合った瞬間、トモハルは、開口一番、私に褒め言葉をくれた。
―泣きそう、、かも…
咄嗟に唇を噛み締め、ぐっと熱いものを堪える。
前髪がなくなった今、自分を隠してくれるものはない。