いろはにほへと
掛けられた、別の声に。


私もトモハルも監督も振り返った。




「桂馬…」



羽柴監督が意外そうに名前を呼ぶ。


私はといえば、冷や汗がぶり返す。




「俺が共演者な訳だし?プライベートでもコレと距離を縮めればいい訳でしょ?そしたら自然体で居られるようになるんじゃない?」



にっこり、と笑む桂馬に、私は小さく首を振ってみるしかない。



「いや、しかし―桂馬だってスケジュール詰め込み過ぎになってるだろう?体力的なこととか考えたほうが…素人に付き合う余裕なんかないだろうし」



羽柴監督の尤もそうな理由に、今度は力強く頷いた。



「いいよ。どうせ、俺この為に一週間はほぼ空けてるんだから。足引っ張られたら迷惑だし。」



「そうか?」




そうか?じゃない!!



私の頭の中に、さっきの桂馬の腹黒い笑顔が浮かんで離れない。




「この曲、相当思い入れがあるみたいですもんね?ハルさん?俺、頑張りますよ?」



この時、私は初めてトモハルの表情を窺ったのだけれど。



人の良さそうな笑みを浮かべた桂馬を、トモハルは冷ややかな目で見つめていた。


彼のそんな顔は今まで一度も見たことがなくて。




「んー、じゃあ、頼もうかな。桂馬は子役自体からのベテランだしね。」



監督の無情な決定を耳にするまで、瞬きするのも忘れていた。
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