いろはにほへと
-嘘。



私の恋い焦がれて仕方ない人は。


再会してから、私と距離を取っていた。


僅かだけれど、確かに保たれていた均衡。



「…っ」



なんで。



ねぇ、なんで。



怖い。



知らない人。



手に入らない人。


側にいて欲しくてたまらない人。


だけど、好きになっちゃいけない人。


忘れなきゃいけない人。



今日もし会えたらと願っていた。


最後に一目だけでも、見れたら良いと。



もう二度と、会えない人。


これで最後と、決めた人。



諦めるから。


最後は-最後くらいはと思っていた。






「っく…」




それは、こんな風な別れ方じゃなかった筈なのに。



こんなトモハルを、私は知らない。


彼から感じる、怒りにも似た感情。



首に当たるワイシャツ。

近過ぎる、香水の匂い。


絡め取られた、手首。



そのどれも。



私には、怖くしか、感じられない。




「ひなの…」




トモハルが、はっとしたように離れる。




転がり落ちていく、無数の雫は、頬を伝い、シートに吸い込まれていく。

< 297 / 647 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop