いろはにほへと
「飛躍なんて、してないよ。」


視界に映る、ぼうっと浮かんだ街灯の光は、こんなにも、間近にある。

月はそれよりも遠くにあるのに、近く感じる。


「…子供の頃は、早く大人になって色んなことするんだって思ってた。」


大きくなれば、手が届かないものなんて何もなくなると思ってた。



「遥?」



孝祐が、視線の合わない俺を、不安気に呼ぶが、構わず続けた。



「大人になった今は、子供みたいに、何も知らない無垢のままで、隠さずに思ったことを言えたらなって、思う。」



大きくなって、夢は叶った。

手に入らないものなんて、何もないと言う程に、付加的な富は重なっていく。


ただ、歌えて、ただ、聴いてくれる人がいたなら、それだけで良かったのに、気付いたら、しがらみが、自分をがんじがらめにしていて。


頂点に登り詰めれば詰めるほど、自分の歌じゃなくなって。

それでも、歌わなくちゃいけない。


作らなくちゃいけない。


苦しんだ中にも、自分の色を出さなくてはいけない。


そして、『今まで』の財産を守らなくてはならない。


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