いろはにほへと
暑い、夜だ。

無風ではない。

若干の生温い風が、ゆるゆると抜けて、掠めて行く。


それがまた鬱陶しい。
煩わしい。


「…もし」


沈黙が、長いこと、あったような気がするが、実際にはほんの僅かだったのかもしれない。

とにかくそれを孝祐が破って、もしもの話を振ってくる。

「もし?」

道路を走る車に目をやっていた俺は、孝祐に視線を戻して続きを促した。

孝祐は、俺と目が合った瞬間俯いて、言い淀んだようだった。

が、意を決したように、再び顔を上げる。


「もし、ひなのちゃんが、遥のこと好きだったら?」


「ーーーー」



格好悪いことに、胸に何かがつかえたように、言葉に詰まる。


そんなこと。



「あるわけない。」


「そんなのわかんねぇじゃん。遙の為に嫌いな演技に挑んでったんだろ?それに遙に対するひなのちゃんの態度、満更でもない気がするけど。」


「それは違う。」



あるとすれば、それはただの刷り込みみたいなもんで。



「初めて、父親以外で接した男が俺だったっていうだけだよ」


それを恋と捉えていたのなら、それはやっぱり。



「俺のせいだ」



恋を教えるなんて、ふざけた俺の。





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