いろはにほへと




9月を過ぎ、残暑厳しい季節ー

新曲発表のジャケットの撮影も終わって、急ピッチで発売に向けての準備が進められていた頃。


「遥、お前さ、完成したPV観てないの?」


スタジオで新曲のリハの合間、床に座り込んでペットボトルから水をガブ飲みしていた俺に、まこちゃんが訊いてくる。


「…まぁね」


拾い損ねた一雫が、白いシャツを転がり落ちていった。


「まぁね、って…なんでよ」


他のメンバーは、それぞれ自身の楽器をいじったり、ジュースを飲んでみたりと、思い思いに休んでいる。

俺は、そんな周囲に目をやりながら。



「観たくないから。」


また、一口、氷みたいに冷えた水を、含む。


「それこそ、なんでよ。ひなのちゃんなのに。」


ーだからだよ、と本音が零れ落ちそうになって、なんとか呑み込んだ。


結局無言の俺に隣からは、はぁっと溜息が聞こえる。


「……お前が、選んだんだろ。」

そう言うと、まこちゃんは徐に立ち上がった。


「いいか。お前には観なきゃいけない義務がある。彼女を巻き込んだのは、お前なんだからな。」


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