いろはにほへと
《遥!》
孝祐に名前を呼ばれ、彷徨っていた思考から我に返った。
なんだ、と視線で問うと、孝祐が引き攣った作り笑いをする。
《ほらほら、惚けないで。PVの女の子は誰ですかって言う質問がいっぱいきてるんだって。》
ーなんでそんな質問ー
MCを見ると、期待を込めた眼差しをこっちに向けていた。
打ち合わせではこんな質問を読むなんて聞いてなかった筈。それに、全て孝祐が答えるようになっていて、俺は相槌だけの筈。
なんでどうしてが渦巻く中。
ー孝祐は、何て答えれば良かったか、わからなかったのか。
ぐちゃぐちゃな頭に反して、俺の口は、やけにさらりと答えを出した。
《僕等も誰か知りたい位です。》
大人になると、難しいことは増えてくばかり。
だけど、逃げることには、上手くなっていく。
嘘も容易くつけるようになっていく。
焦げ付くような、胸の痛みだけが、たったひとつの真実。
消えて無くなって欲しいのに、忘れたくはない。